カウント

Kさんの職場の近くに小さい橋があり、通勤の途中でここを通る。
ある日、帰宅途中に橋の下から声が聞こえた。
「しーち、はーち、きゅーう」
高い声で数をゆっくり数えている。こんなところで何を数えているんだろうと欄干から身を乗り出して下を覗いたものの、それらしい姿はない。
下はただ緑色に濁った水が流れているだけで、舟などない。両岸は水面にほぼ垂直に切り立ったコンクリートの護岸になっているから、人が立つスペースもない。
どこか別のところから音が反響して橋の下から声がしているように聞こえるのだろうか。
どういうことなんだろうなと疑問に思いつつもそれほど気にせず通り過ぎた。


翌日の晩にもそこを通りかかるとまた声がする。
「じゅうごー、じゅうろーく、じゅうしちー、じゅうはちー」
また数えている。昨日と同じような高い声だ。やはり声の主らしき姿は見当たらない。
それから毎晩、橋を通ると声が聞こえる。朝に通ったときに聞こえたことは一度もなく、決まって仕事帰りだ。休みの日は声がするかどうか不明だが、とにかくKさんが帰るときには毎回聞こえる。
いくつあたりを数えているのかも日によって違っており、百より小さい数の日もあれば三百以上の日もあった。
最初は気になっていたが数日で慣れたKさんは、数える声を聞きながら何も考えずに橋を通るようになった。
そうして十日ほど経った帰り道、相変わらず橋の下からは声が聞こえてきていた。
「ごじゅうしー、ごじゅうごー、ごじゅうろくー」
Kさんもああ今日もやってるなと思うくらいで構わず橋を渡る。
「ごじゅうしちー、ごじゅうはちー」
しかしその日は少し違っていた。
「ごじゅうきゅー、ろくじゅー……おしまいっ」
おしまい?
数え終わるのは初めて聞いた。何を数え終えたのだろうか。
気になって視線を川面へ向けようとしたときである。
ドガシャン!
橋の上、Kさんの目の前でとんでもない音がした。
車が正面衝突していた。


事故と関係あるかどうか不明だが、翌日から橋の下の声は聞こえなくなったという。