野球応援

Nさんという高校生から聞いた話。
七月になるとNさんの所属する吹奏楽部は野球部の夏の大会に応援に行く。
これには現役部員だけでなく、有志の吹奏楽部OBも参加できることになっている。
だから毎年、現役部員の他に十人程度のOBが交じって応援歌を演奏する。
参加するOBの顔ぶれは毎年ばらつきがあり、多くは卒業して数年程度の若いOBなのだが、その中に一人毎年欠かさず参加するEさんという四十代の男性がいた。
Eさんは地元の社会人楽団にも所属するトランペット吹きで、中学生の頃からずっと吹奏楽をやってきたベテランらしく、かなり上手い。
特別大きな音を出すわけではないが、よく響いて遠くまで通る、華のある音を出せる人だ。
野球応援の時にもこの人の音は現役部員とは段違いに響き渡り、交じって演奏していてもすぐ聴き分けられるほどだった。
ところがこのEさんが二年ほど前の冬に事故で亡くなった。
あの人のトランペットはもう聴けないのかと悲しむ声は現役・OBを問わず多く、次の夏の野球応援の日にも、Eさんの分まで頑張ろうと皆が言い合った。
そして試合が始まり、応援歌を演奏していたときのことである。
時折、演奏の中によく通る音が交じることに何人かが気付いた。
トランペットの音が多い。
これは――Eさんの音じゃないのか。
現役部員もOBも顔を見合わせた。
当然のことながら、会場のどこにもEさんの姿はない。あるはずがない。
しかし確かにEさんの吹くトランペットの、あのよく通る音が部員の演奏と一緒に聞こえる。
現役部員かOBの誰かが出している音なのだろうか。だがEさんの演奏は簡単に真似できるようなものではない。
それに野球応援は長時間続くため、何曲かごとに交代しながら演奏する。しかしEさんのような音は誰が吹いていても一緒に聞こえてくるのだ。
部員たちもOBたちも、Eさんが一緒に吹いてくれているのだと囁きながらその日の応援を続けた。
試合は負けたのでその年の野球応援はそれで終わったが、翌年の野球応援でもEさんらしき音は聞こえたという。

 


Nさんも去年の野球応援でその音を実際に聞いたという。
確かにEさんの音みたいなのは聞こえたんですけど、あれは球場の反響とかそんなのでそれらしく響いてるだけだと思うんですけどねえ。
Nさんはそう語った。