対岸の電車

Fさんは就職して二年目の夏、学生時代の友人を訪ねて新潟に行った。
友人の家は富山との県境に近い山間で、電車を下りてから更に迎えに来てくれた友人の車で一時間近くかかった。
友人のご両親も暖かく迎えてくれて、離れが空いているから今晩はそこに泊まっていってくれという。母屋から庭を挟んで建っている離れも立派な造りの平屋で、その裏は谷川になっているようだった。
母屋での夕食後、離れに移って友人と酒を飲み始め、日付が変わった頃に友人も眠くなったと言って母屋に引き上げていった。
Fさんも浴室でシャワーを浴びてから布団に入ったが、すぐに外から電車の走る音が聞こえてきた。案外近くを線路が通っているようだ。
それにしても随分音が近いな、と思っているうちにかなり近くでブレーキを効かせて音が止んだ。そんな近くに駅があるのか?
布団から身を起こして窓の外に視線をやると、そこから裏の川の向こう岸が見える。対岸には横一列に並んだ明るい窓が見えた。電車の窓だ。二両編成くらいか。
明るいうちはよく見ていなかったが、あそこに駅があるのか。
友人の家から川を挟んですぐそこに駅があるのなら、わざわざ車で一時間かけることもなかったな。近い駅で降りればよかった。調べが足りなかったか。
そんなことを考えながら電車の窓を眺めていると、それから一分ほどで電車は音を立てて走り去っていった。時計を見ると午前一時を過ぎたところで、眠くなったFさんもまた布団に潜った。
翌朝になって離れに顔を出した友人に、Fさんは昨夜の電車のことを話した。
ああ、へえ、見たのあれ、運がいいな。友人は面白がるような言い方をした。
あんなに近くに駅があるならあそこまで電車で来ればよかった、とFさんが言うと友人は首を横に振った。
いや、あれは乗れないんだ。駅もないし。
どういうことだろう。怪訝な顔をしたFさんに、友人は窓の向こうの景色を指さした。
――あんなところ、電車が通れるわけないだろ。
確かに友人の言う通りで、向こう岸は木に覆われた山の斜面だった。駅どころか道路すら見えない。
だが昨夜は確かに電車の音も聞いたし電車の明かりも見た。あれはなんだったのか。
思い返してみれば奇妙な点があった。
電車が走り去ったあとの対岸は、全くの暗闇になっていた。駅だったらプラットフォームや線路沿いに明かりが点いているだろうし、周辺にも街灯くらいはあるはず。全く暗くなるというのは考えられない。
友人の言うところによれば、稀にその辺りの山の中で電車のような並んだ明かりが夜中に現れることがあるのだという。
俺はUFOみたいなもんだと思ってるけど、うちの親は狐の仕業って言ってる。
友人はそう言って笑った。