月明かり

Rさんが夜中に尿意を覚えて目を覚ました。
二階の部屋から一階のトイレに向かったが、廊下でふと足を止めた。
目の前が不自然に暗いのだ。
住み慣れた我が家のことなのでトイレに行くくらいなら明かりを点けずに済む。このときも廊下の明かりは点けていなかったが、それでも一階の廊下が途中から奇妙に暗く見える。光が全く届いていないように真っ暗だ。
そちらにも窓があるはずなので外の街灯の光などが入る。真夜中でもそこまで暗くなるはずがない。
起きたばかりで目がおかしくなっているのかと思ったが、背後の玄関側は薄明るい。
目が変なのではなくやはり廊下がおかしい。廊下の奥へ進むのがためらわれた。
しかし尿意も迫る。奥へ行かねばトイレに行けない。
数秒迷ってからRさんは玄関を出た。どうしても廊下の奥には行きたくなかった。
外は月明かりで案外明るかった。何だかほっとしながら家の裏手に向かう。
家の裏は細い水路があり、両岸に草が伸びている。
夜更けだし田舎のことで通行者もまずいない。行儀が悪いがその草むらで用を足そうと考えたのだ。
初冬のことで少し寒かったが、風も穏やかで空も雲ひとつない。晴れ晴れとした気分で用を足した。
さて戻って寝ようとしたとき、すぐ近くで何かが動いたのが見えた。何気なくそちらに目をやると水路の水面に白いものが突き出している。
ひじから先の人の腕だ。月明かりに照らされて真っ白に見える。
人形の腕? 手袋?
腕はしっしっと追い払うように動いた。Rさんに向けて言っているように思えた。
立ち小便を咎められたような気がして恥ずかしくなったRさんは、すみませんと一言謝ってそそくさとその場を離れた。
家に戻るともう廊下の奥はそれほど暗くは見えなかった。


朝になって目を覚ましてから昨夜のことを思い出したRさんは、暗い水面に突き出した白い腕がなぜか急に恐ろしく思えたのだという。