満天の星

Jさんが大学生のときのこと、日没後に友人のアパートに向かって自転車を走らせていた。
途中に線路があり、踏切を渡る。遮断器はちょうど上がっており、スピードを緩めないまま目で左右だけ確認して線路を越えた。
するとその途端に頭上でピカピカッと強い光が瞬いたように感じた。
雷か?
はっとして見上げたが、雲ひとつない満天の星空だ。
家を出たときにはこんなに星が輝いていたとは気が付かなかった。
何が強く光ったのかはよくわからなかったが、星空が驚くほど美しいので気分が良くなり、そのまま鼻歌交じりに友人のところへ向かった。
アパートの二階にある友人の部屋で今見た星空の話をすると、友人は狐につままれたような顔をした。
――いや、雨降ってるでしょ。
何言ってるの、と言いかけたJさんの耳に雨音が届いた。
窓際に寄ってみると確かに窓ガラスに雨粒が当たっている。空もすっかり雲に覆われている。いつの間にこんなに雲が?
友人は言った。
――もう二十分くらい前から降ってたよ。あんたが濡れてないか心配してたんだけど。
二十分前と言えば家を出た頃だ。
しかしJさんの服は全く濡れていないから雨が降っていたはずはない。友人のアパート周辺だけに降っているとしても到着した時に気が付かないはずはない。到着したときは確かに頭上に無数の星が輝いていたのだ。

しかし今はこうして雨が降っている。いつの間に雨雲が広がったのか全くわからなかった。二階に上がってくるまでの数分間で天候がガラリと変わってしまった。
だが思い返してみれば、あれほどの星空をそれまで見たことがあっただろうか。
空を埋め尽くすほどに散りばめられた大小の星々。
あそこまで多くの星は、街の明かりから遠く離れた山奥にでも行かなければ見られないのではないか。
見ている間は特に疑問にも思わなかったが、こんな住宅地で見られる星空ではなかったのではないか。
友人の話とあの星空と、どちらが本当だったのか。どうにも辻褄が合わない。


二時間ほどして友人の部屋から帰る頃にはもう雨は上がっていたが、外に駐めていた自転車はすっかり濡れていた。

曇ったままの空には星など一つも見えなかったという。