夜の巨人

午後七時頃、Fさんが仕事から帰宅すると家に明かりがついていない。
いつもなら妻と娘がいるはずの時刻だ。しかし家の中がしんとして人の気配がない。
携帯にも特に連絡はなかった。台所や娘の部屋も覗いたが誰もいない。
なにか急用で二人とも外出したのだろうか。それならばメールくらいくれてもいいのだが。
とりあえず着替えようと寝室に入ったところで、窓の外に見慣れないものが見えた。
人の腕と胴体だ。服は着ていない。
しかし異様に大きい。二階の窓からだというのに、肩も腰も窓の上下に見切れていて胸から腹の範囲しか見えない。
巨人だ。それがゆっくり窓の外を横切っていく。

 


思わずFさんの喉から大きな叫び声が出ていた。
すると背後の廊下から足音が駆け寄ってきて、寝室のドアが開いた。妻と娘が顔を出す。
大声出してどうしたの、と妻が聞くので窓を指差したが外には巨人など影も形もない。恐る恐る窓に近寄って外を見回したがそれらしきものは見当たらない。
――全く人騒がせな。知らないうちに帰ってきて急に騒いで。
妻は呆れたように言う。知らないうちに帰ってきたのはそっちだろ、とFさんが返すと妻は怪訝な顔をした。
帰ってきたって誰がよ。出掛けてないけど。
妻と娘の話によると日が暮れてからは外出していない。今も台所で夕食の支度をしていたという。
確かに台所と食卓には出来たての食事が並んでおり、とてもFさんが帰ってきてからの数分で並べたものとは思えなかった。
それでは先程帰ってきたときの、あの静まり返った家はなんだったというのか。