初雪

大学生のUさんが朝起きて窓のカーテンを開けると、外は一面の雪景色だった。その冬初めての雪だ。
雪はもう止んでいたが、アパートのベランダにも数センチほど積もっている。
溶けるまで外に出たくないなあ、などと考えていたところ、ふとおかしなものに気がついた。
ベランダの中央あたりの雪面に、人の足跡がひとつだけ残されているのだ。
こちらを向いた裸足の足跡で、五本の指や土踏まずがよくわかる。大きさからして大人の足だ。
もちろんUさんが点けたものではない。
窓を開けてもっと近くで見ようと思ったところではたと心配になった。
ベランダから侵入した誰かの足跡?
慌ててガラス越しに外をよく見たが、ベランダには誰の姿もない。一畳ほどのベランダには隠れる場所もない。
とりあえず安心してガラスを開けたUさんだが、近くで見てもやはり足跡だ。
しかし誰がどうやってそれを点けたのかがわからない。何しろベランダの他の部分の雪は一切乱れていないのだ。
ベランダの手摺の上にも雪が積もっているから、手摺を乗り越えて誰かが入ってきて足跡を点けたとは考えられない。
仮に雪が積もる前にベランダにやってきて、積もった後に足跡を点けて去っていったとしても、足跡以外に雪を乱さず立ち去ることは不可能だ。隣の部屋のベランダには仕切り板があるし、それを越えて行くにしてもやはり雪に他の足跡が残る。
窓からUさんの部屋に入れば足跡は点かないが、今しがたまで窓は施錠していたしもちろん誰も部屋に侵入してなどいない。
空の上から降りてきた誰かが片足でベランダに着地し、再び上に飛んでいった姿が頭に浮かんだが、いくらなんでも荒唐無稽だと頭を振った。
全く腑に落ちないものの、そのままではいずれ雪が溶けて足跡も消える。証拠として写真を撮っておこうと考えたUさんは携帯電話に手を伸ばした。
するとちょうどそこに電話がかかってきた。こんな朝から誰かと思えば高校時代の友人からだ。
出てみると、訃報だった。共通の友人であるFが亡くなったという。
UさんとFは郷里の茨城を離れてそれぞれ別の県の大学に通っており、卒業以来一度も会っていなかった。
スキー旅行に出かけたFはスキー場で誤って木に衝突し、病院に搬送されたものの三日間ずっと意識が戻らず、昨晩息を引き取ったのだという。
Uさんの脳裏で、Fの顔とベランダの足跡が結びついた。あれはFが点けたんじゃないか。
電話しながらもう一度ベランダに視線を向けたUさんだったが、どういうわけか足跡が見えない。
雪はもう降っていないから上から積もったはずがない。しかし今しがた足跡があったはずの場所も雪面がなだらかで、足跡など初めからなかったようにしか見えない。
半分上の空で通話を切った後もベランダの雪を観察したが、やはりどこにも足跡などない。しかし先程見た足跡は決して見間違えではない。
やはりあれはFが来ていたしるしだったのだろうか。
来たなら声くらいかけていけばよかったのに。そう雪に向かって呟いたが、返事はなかった。