土器

三十年以上前、Eさんが小学生の頃のこと。
当時会計事務所に勤めていたお父さんが、ある晩上機嫌で帰ってきたかと思うと、いいものを拾ったと言ってビニール袋に入ったものを取り出した。
ひと目見たときは土のかたまりかと思ったが、よく見るとそれは土器の破片らしく、表面に縄目の模様がついている。眼鏡のレンズくらいの大きさの欠片だったが、大きな器の一部らしき緩やかな曲面になっているのもわかる。
これどうしたのと聞くと、工事現場で拾ったんだという。
その頃市内では高速道路の工事が行われていた。帰りにそこを通りかかった時、掘り起こした土を盛ってある中に土器が混じっていることに気づき、ひとつ持って帰ってきたのだという。
それって遺跡だったってことでしょ、勝手に持ってきていいの? とEさんが問うと、お父さんは笑った。
こんな小さい欠片ひとつだけだし、大丈夫だよ。そもそもこういう欠片がもっと沢山土に混じっていいかげんに積まれてたんだから、まともに調査するつもりもないんだろう。
お父さんが嬉しそうだったのでEさんもそれ以上は追求しなかったが、不思議ではあった。それまでお父さんは歴史に興味がある様子など見せたことがなかったからだ。


土器を拾ってきたことがきっかけだったのか、それとも他に何かきっかけがあったのかはわからないが、この頃からお父さんの様子が明らかにおかしくなったという。
日中は仕事に行っているからどうだったかわからないが、仕事から帰ってくると例の土器をさも愛おしそうに眺めたり撫でたりして過ごすようになった。
また、夜中に起き出して食料を漁るようになった。夕食はしっかり食べているのに真夜中になるとひとりで起き出して台所にある食べ物を手当たりしだいに食べ散らかす。
Eさんは眠っていたのでそのことに気が付かなかったが、お母さんが気づいてやめさせようとした。しかしいくら止めてもおさまらず、終いには米びつの生米まで齧り始めたという。
ある時は自分でも土器を作ると言い出して庭の花壇の土を水で捏ね、いびつな皿のようなものを作って焚き火で焼いた。当然そんなものがまともな土器になるはずもなく、火の中で湯気を上げながら粉々になったが、お父さんは泥だらけで嬉しそうに微笑んでいたという。
お母さんはだんだんと憔悴していったが、なぜかそれに輪をかけてお父さんのほうがやつれていった。
これは明らかにおかしいと、お父さんを医者に診てもらうことにした。しかし本人はイヤだと言って聞かない。
仕方なく親戚のおじさんに応援を頼んで、力づくで連れて行った。
検査した結果肝臓に異常が見つかり、半年の入院の末、お父さんは骨と皮だけになって息を引き取った。
拾ってきた土器は行方知れずだという。