廃墟

Kさんという学生が、友人二人と隣町の廃ビルに肝試しに行った。
かつて観光ホテルとして使われていたという建物で、もう十年くらいは解体もされずに放置されている。
特に心霊スポットとの噂があるわけでもなかったが、廃墟なりに不気味な雰囲気があるので、肝試しというよりは探険くらいの気持ちで向かったのだという。
肝試しとはいえ、灯りのない廃墟に侵入するので、日が暮れる前に行って帰ってくることになった。
玄関や裏口などのドアは当然ながら施錠されていたが、一階のガラス窓が幾つか外されており、そこから簡単に入ることができた。
ほとんど手入れもされていないのか、廊下や各部屋の壁紙は何箇所も破れたり剥がれたりしており、置きっぱなしになっている机やソファーには一面に埃が積もっている。
しばらく三人で一階をうろついていたが、ただ荒れているだけで特に変わったものもないため、いささか拍子抜けする思いだった。
気持ちが大きくなっていた三人は、せっかく来たのだから何か面白いものを見つけたい、と手分けしてあちこち探してみることにした。
Kさんは階段で二階に上がり、しばらくはあちこちを見回っていたが、やはり大したものはないのでだんだん飽きてきた。
すると、そこに別の場所から怒鳴り声が響いてきた。
ぎょっとしたKさんだったが、すぐにその声が友人のものだとわかったので、一体何事があったのか心配になった。
何を言っているのかまでは聞き取れなかったが、只事ではない様子だ。
友人の声は長い廊下の向こうにある広間から聞こえていたようで、Kさんがそちらに駆けつけると、そこには友人が二人ともいた。
どうした?とKさんが友人たちの後ろから声をかけると、振り向いた友人たちはKさんをひどく疑わしそうな顔で見る。
K、お前……本物だよな?
は?何言ってんの?とKさんが返すと、友人たちは顔を見合わせて、とりあえずもう帰ろう、と言う。
何やら納得がいかないKさんだったが、飽きてきたところでもあるし、ひとまず帰ることにした。
ビルから出て、乗ってきた友人の車に戻ると、帰り道で友人たちはぽつぽつとあの広間で見たものを話し始めた。


別行動を始めたあとで、廊下で偶然行き会った二人はそのまま近くのドアに入った。
するとその中は広間になっていたのだが、そこにはもうKさんが先にいて、窓際に立っていた。
Kさんは二人の姿を見ると部屋を横切って近づいてきて、部屋の奥に見えるドアを指さした。
あっちで凄いものを見つけたんだ。行こうぜ。
その言葉に俄然興味を引かれた二人は、先に立ってドアに向かっていくKさんについて行こうとしたが、そこでふとおかしなことに気が付いた。
その広間もまた荒れていて、そこら中が埃だらけになっている。
焦げ茶色をした床も同じことで、一面に埃が薄っすら積もっていた。
しかし、その埃には誰の足跡もついていない。
先程部屋を横切ってきたKさんの足跡も。
たった今部屋を横切って歩いてゆくKさんの足跡も。
そのことに気づいた時、二人はKさんを呼び止めた。
しかし、どれだけ大声で呼んでもKさんは一切聞こえていないような様子で、こちらを振り向きもせずにずんずん部屋の奥に歩いてゆき、その先のドアを開けて入っていった。
そこに、後ろから別のKさんが現れたのだという。


勿論、Kさん自身にはあの広間に二人より先に入っていた覚えなどない。
しかし二人は、確かにあれはK本人にしか見えなかった、と言う。