泥足

Oさんが亡くなった祖父母の住んでいた古い平屋を取り壊して、そこに新しい家を建てた。
家族でそこに引越したが、その日からOさんにおかしなことが起こり始めた。
二階の部屋で寝ていると、真夜中に目が覚める。寝返りをうとうとしても体が動かない。
金縛りか、疲れているせいだな、と思っていると部屋が何となく広いように感じられる。壁がいつもより遠い。しかも少しずつ遠ざかり続けているようにも見える。
どういうことだろうと不思議がっているうちにミシミシと周囲で音がする。誰かが歩き回っているようだが、姿はない。
足音は時にベッドのOさんをまたいで行ったりするが、やはり姿は見えない。
音がふと止んだと思ったら部屋が明るくなっていて、もう朝だった。金縛りも解けている。


そんなことが二、三日に一度くらいの割合で起こる。
広さの感覚が狂うのも足音が聞こえるのも金縛りと同時に起こる単なる幻覚で、環境が変わったことや疲れが原因だろうとOさんは大して気にしなかった。
実際、次第に金縛りになる間隔が長くなっていって、引越し後半年経つ頃にはほとんどなくなった。
それで安心していたOさんだったが、引越しして一年経った頃のこと。
寝室のベッドを動かして下を掃除しようと、奥さんと二人でベッドをずらしてみて、二人揃ってあっと声を上げた。
ベッドの下のフローリングに、ひとつだけ裸足の足跡が乾いた泥でついていた。子供のものらしき小さな足跡だった。
Oさんの子供はもう大学生だし、そんな小さい足の持ち主は家にいない。
それにベッドを置いたままその下の床に足跡がつくはずはない。もちろんベッドを置いたときにはそんな足跡などなかった。
いやねえ、なにこれ。奥さんがぼやきながら雑巾で足跡を拭き取った。


その後Oさんは一度も金縛りになっていない。