見るな

ある中学校の二年生が遠足に行った、その帰り道。
生徒たちを乗せたバスが高速道路に入ってしばらく走ったあとのことだったという。
バスの真ん中辺りの席に座っていた一人の男子が、急に立ち上がって叫び始めた。
「窓の外を見るな!絶対に見ちゃダメだ!」
周りに呼びかけるその様子があまりに必死で、一同は呆気にとられたが、なぜ外を見てはいけないのかがよくわからない。
それに見るなと言われればついつい見たくなるのが人の性というものである。
生徒たちの半数ほどが窓の外に目を向けた。
その時バスは山の中を走っていた。その、左側に見える斜面の中ほどにトタン板か何かでできた小屋が建っていた。
小屋の脇には髪の長い人影が立っていた――のだという。
時刻はすでに六時半を回り、辺りは随分暗くなっていたというが、それでもなぜかその人影はよく見えたらしい。
奇妙な点はまだあって、その人影は小屋よりも背が高かった。
小屋が小さかったのかもしれないが、やはり回りの木々と比較して、小屋は二メートルくらいの高さはあったはずだ、と見た生徒は言う。
しかしそれらの細かい点は後で話を整理してからやっとはっきりしたことであり、その時はそれどころではなかった。
その人影を見た生徒たちが、次々に嘔吐しはじめたからである。
バスの左半分に座っていた生徒の中で八人ほどが、窓の外を見ながら胃の中身を口から逆流させた。
それで車内は騒然となり、一旦バスは道路脇に停車する事態ともなった。
吐いた生徒たちは口を揃えて、あの髪の長い人影を見ていたら突然内蔵を鷲掴みにされたような感覚に襲われた、と言った。
その後経緯を確認してみると、最初に「外を見るな」と叫んだ男子生徒も、なぜそんなことを言い出したのかはさっぱり記憶になかったのだという。