鱗粉

もうそろそろ冬になろうという頃の、ある朝のことである。
起床して自室のカーテンを開けた瞬間、Fさんははっと息を呑んだ。
窓ガラス一面に、うっすらと模様が付いている。
黄色と黒のまだら模様。アゲハチョウの翅の模様だった。
なぜ、蝶の翅模様がそこに見えるのか。
仔細に見てみると、ガラスにアゲハチョウの鱗粉が付着しているのがわかった。
蝶がガラスにぶつかって、その拍子に付いたのだろうか。
しかし驚いたのはその数である。
何しろ、鱗粉は窓ガラス一枚の全面を覆うように無数に付いている。
とても一匹や二匹の蝶がぶつかったくらいで付く量ではない。
不可解なことはまだある。
鱗粉が付いているガラスはその一枚だけで、隣のガラスは特に変わった様子はない。
蝶がガラスを選んでぶつかってきたりするものだろうか。
首を傾げながらよくよく観察しているうち、更に奇妙なことに気が付いた。
鱗粉は、窓ガラスの内側に付いていたのである。
前日はこんなものは確かに付いていなかったし、当然ながら窓は一晩中閉まっていてアゲハチョウどころかハエの一匹も入れない。Fさんは独り暮らしなので、他の誰かが悪戯したということもない。
一体どういうわけなのかわからないが、薄気味悪いのですぐにFさんは窓ガラスを拭いてしまった。