釣りが趣味のOさんは、ある時釣り仲間に誘われて川釣りに出かけた。
ボートを借りて釣りを楽しんで、やがて日が傾いてきた。
もう少ししたら引き上げようかという話をしていたところで突然ボートが揺れた。
波も大して立っていないのに一体何だ、とOさんが周りを見回すと妙なことになっている。
人がひとり、増えていた。
灰色のスーツを着た中年の男が、ボートの舳先にちょこんと腰掛けている。
川の中ほどである。周りに他の舟もない。
泳いでここまで来たにしては、どこも濡れていないように見える。
何が起きたのか判断に苦しんで、Oさんは釣り仲間達と顔を見合わせた。
「ちょっと、あんた何なの?」
仲間の一人が男に声を掛けたが、男はぼんやりとOさん達を見つめ返すばかりで何も言わない。
Oさんも気味が悪くなって、男に何か言おうとしたところでまたボートがガクンと揺れた。
思わず手を縁に突いて、体勢を立て直したときにはスーツの男などどこにもいなくなっていた。