路地もの

Fさんの職場の近くに細い路地があり、職場の三階にある休憩スペースの窓から見える。Fさんは休憩のたびに何となくこの路地のあたりを眺めるのが習慣になっていた。窓際のソファーに座って窓の外に視線を向けるとちょうどそのあたりが見えるのだ。
ある時、気がついたことがあった。その路地から時折黒っぽいものがスッと出てくる。ところが何が出てきているのかがはっきり見えない。
蚊柱をもっと濃くしたような、煙の塊のようなぼんやりした何かで、それが路地の奥からしみ出すように現れる。そして通りかかった人のすぐ後ろに付いていく。時には密着するようにまとわりつく。
付いていかれている本人も、周囲の通行者も特に気にしている様子はない。本人たちには見えていないのだろうか。
Fさんも何度かその路地の前を通ったことがあったが、そんなものを見たことは一度もなかった。その場にいると見えないだけで、実はその時も同じものが出てきていたのかもしれない。
あの何かに付いてこられるとどうなるかはわからない。悪いことがあるかもしれないし、何もないのかもしれない。
しかし気付いてしまったからにはもう気にしないようにすることもできない。それ以来Fさんはその路地のほうを見ないようになったし、路地の前も決して通らないのだという。