梨畑

老人養護施設で働くRさんから聞いた話。
彼が働いている施設は玄関の反対側が梨畑に隣接している。
施設の一階からは梨畑の端しか見えないが、二階の窓からは並んで植えられた木々の奥まで見渡せる。
ある日の午後、Rさんが二階に上がっていくと、同僚の介護士が窓際で手招きした。怪訝な顔をしている。
何かあったんですか、と寄ってみると、同僚は窓の外を指差して言った。ねえあれ、NさんとFさんじゃない?
指差すほうを見ると、梨の木の間に三人立っている姿が見える。
目を凝らすと三人のうち、二人の姿に見覚えがある。同僚の言う通り、それは入居者のNさんとFさんという、どちらも80代の男性だ。
二人ともこちらを向いて直立している。無表情で、何か話しているようにも見えない。
なんであんなところにいるんだろう。
一緒にいるもうひとりが連れ出したのだろうか。
そのもうひとりが妙な、というか場違いな風体をしていたので、NさんFさんより目を引いた。
パーティーにでも出席するような、背中の開いた淡いピンクのドレスを着た若い女、のように見える。ただしこちらに背を向けているので顔は見えない。
お団子にした後ろ髪と白い首筋が印象的だった。
なんであんな格好で梨畑に? NさんFさんと何してるんだ?
隣接しているとはいえ、梨畑は施設とは無関係の農家の敷地だ。NさんとFさんは外出中にあんなところに入り込んでいるのだろうか。それともあのドレスの女が二人をあそこに連れ込んだのだろうか。
状況がわからないが、連れ戻しに行ったほうがいいだろうか。そもそもNさんとFさんは外出予定はあっただろうか。
別の点も気になる。NさんとFさんはふたりとも自力では歩けず、移動は常に車椅子を使っている。ところが梨畑では何にも掴まることなく、一人で立っている。
まさかあそこまで歩いていったのだろうか。


Rさんと同僚が確認してみると、意外なことが判明した。
NさんとFさんは外出などしていなかった。その日は誰かが面会にくることもなく、ふたりとも自室と共同スペースを行き来していただけだった。
その姿は他の職員たちが目にしている。いつの間にか外に出ていることはありえなかった。
梨畑にいたのは確かに同一人物に見えたのに。
外出していないなら問題はないのだが。
再び二階の窓際に行ってみると、あの三人の姿はもうどこにもなかった。
それ以来Rさんが梨畑で変なものを見たことはないが、後輩職員が同様のものを見たと言い出したことは何度かあったという。