窓手

Sさんは物心ついた頃から、よく窓の外に大きな手を見ていたのだという。
家でも別の建物でも、ふと気がつくと近くの窓ガラスに、外から大きな手のひらがぴたりと張り付いている。どのくらい大きいかというと、窓ひとつを覆うくらいに大きい。
それを意識し始めた頃は怖がったこともあったのだが、手はただ張り付いているだけで他に何かしているわけでもなく、誰かがその窓を開けても入ってきたりしない。
現れたときと同じように、気がつくといなくなっている。
他の人にも見えていないようなので、いつからかSさんも気にしないようになった。気味が悪いのは変わらないので近づこうとはしなかったが。


小学生の頃のある日、教室の窓にこの手が見えた。しかしこのときはそれまでにない変化があった。
その窓にあるクラスメイトが近づくと、窓の手がはっきり色を変えたのだ。その子が窓の近くにいるときだけ、紫色がかった、病気みたいな色に変わる。
あんなの初めて見た、と驚いたSさんだったが、色が変わっていただけで大きな手はいつも通りやがて消えた。どうして色が変わったんだろうとは少し気になったものの、考えてもわからないのですぐに忘れていた。
ところが翌日のこと、手が変色したときに近くにいたあの子が包帯を巻いた片足を引きずりながら学校に来た。聞くところ、昨日の放課後に河原で遊んでいる最中、古釘を踏んで足の甲まで貫通したのだという。
もしかして昨日大きな手の色が変わったことと関係があるんだろうか。Sさんはすぐにそう思い至り、その後また手が見えたときに注意しておくことにした。
するとまた何度か同じようなことがあった。手が変色したとき近くにいた人は、その後すぐに何かしら怪我や病気に見舞われる。
手が彼らの不幸を予知しているのか、それとも手に近づいたことでそんな不幸に遭ったのかはわからない。
Sさんは悩みながらもそのうちの何人かには手が変色した直後に忠告した。何かあるかもしれないから気をつけたほうがいいよ。
しかし手のことをうまく説明できない上に何が具体的に起こるのかわからないから漠然とした言い方にしかならない。
だから一度も前もって不幸を止められた例がなく、以降は忠告するのをやめてしまった。


大人になった今でもSさんはたまにその手を見るのだという。今は見えてますかと尋ねたらSさんはぐるりと見回してから、今はいないみたいですねと苦笑した。