仏間の窓

Mさんが学生の頃、大学の夏休みに帰省したときのことだという。
特に予定もなかったので、彼女は毎日のようにゴロゴロして過ごした。
お気に入りの昼寝場所が仏間で、襖を開けて畳に寝転がればそれなりに涼しく感じられるのである。
仏間の欄間にはMさんの祖父か曽祖父かが書いたという古い額が飾られている。
書道に明るくないMさんは何が書かれているのかは知らなかったが、寝転がって見上げるとちょうどそれが視界に入ってくる。
その日の午後も畳に寝そべってぼんやりとその額を見上げていた。
額には仏間の窓から入る光が反射して見える。
仏間は角部屋なので、壁の二面が窓になっている。
片方は縁側になっていて、大きなガラス戸が付いている。
その隣の壁には明かり取り用の小さな窓がある。
額に映って見えているのはこの小さな窓の方だ。
Mさんが見るともなしに額に映る窓の形を眺めていると、そこにすっと人の形をした影が差した。
どうやら窓の外に誰かいるらしい。
家族の誰かだろうか、と思っていると窓に映る影がさらに濃くなった。
窓に近づいたようだ。
と、思った次の瞬間にはその影はべたりと窓に張り付いてきた。
両手を上げて、ヤモリのように窓にくっついている。
何をしているんだろう、とMさんが視線を額から窓に移すと、そちらには誰の姿もない。
あれ?と思いまた額を見ると、確かに窓には誰かが張り付いている、ように見える。
しかし窓を直接見ると誰も見えない。
額に反射した像の中でだけ、誰かが窓に張り付いている。
なにこれ、どういうこと!?
一気に薄気味悪さを感じたMさんは、立ち上がって額に顔を近づけた。
逆光の上に窓は曇りガラスなので、密着している人の姿は輪郭しか見えない。
真っ黒な人影は微動だにせず窓に張り付いたままだ。
窓の外に確かめに行くのも気持ちが悪い。
何とかしていなくなってくれないかな、と思った所でふと仏壇が目に入った。
Mさんは何となく思いつきで線香を上げ、手を合わせてみた。
その効果かどうかはともかく、額を見上げるともう人影はいなくなっていたという。