シルエット

川崎で就職したEさんが長野の実家に帰省したときのこと。以前自分の部屋だったところは物置になっていたので仏間で寝た。
ところが寒くて夜中に目が覚めた。
布団はしっかりかけているのにどうにも手足が冷たい。手足が冷えているせいか、体がとても重たい。
どうも調子がおかしいな、と思いながら頭がはっきりしてくると、縁側に誰かが立っていることに気がついた。
雨戸を閉めていないので街頭の明かりがガラスから僅かに差し込んで、立っている人のシルエットを浮かび上がらせている。
女だ、と思った。髪が長くて体が細い。家族の誰かではない。
シルエットしか見えないからどちらを向いているのかわからない。こちらを見ているのか外を見ているのか、いずれにせよ電柱のように直立して微動だにしない。
強盗か、それとも変質者か。起き上がって逃げようと思ったが手足が痺れて力が入らない。
これが金縛りか――愕然としながらも縁側の人影から目を離せない。
すると反対側からさっと明かりが差し込んだ。その途端に体が動くようになり、慌てて体を起こす。
襖が開いて廊下に両親が立ってこちらを覗き込んでいる。
縁側に視線を戻すともう女の姿はない。
母が呆れたように言う。なにしてるのこんな時間に、うるさいよ。
両親の説明ではこうだった。寝ていると仏間の方からなにやら大声がして目が覚めた。よく聞いてみると読経のようだ。Eさんの声ではないようだが、Eさんが大音量で録音を流しているのだろうか。やめさせようと仏間の襖に手をかけると読経の声は止まったのだという。
両親が嘘をついているようには見えなかったが、Eさんには読経の声など全く聞こえていなかった。
父が言う。お前、帰ってきてからご先祖様に挨拶してなかったんじゃないか。線香あげておけ。
釈然としないながらもEさんは仏壇に線香を立て、手を合わせてから改めて寝た。
そのおかげかどうかはわからないが、今度は朝まで安眠できた。それ以来、帰省したときには真っ先に仏壇に手を合わせているという。