新聞配達

ある人が新聞配達のアルバイトをしていた時の話。
薄暗いうちから配り始めて、ようやく明るくなってきた頃に配り終わる。
ちょうど配り終える家の隣に一軒家が建っている。
ある日、この一軒家の二階を何気なく見上げたところ、窓辺に人が立っているのが見えた。
起きたばかりなのか、窓に向かって大きく口を開けているのがわかった。
目が合ってしまうのも気まずいので、欠伸が治まる前に目をそらした。
別の朝。
再び同じ家を見上げると、また大口を開けているのが見えた。
前見た時にはよくわからなかったが、どうやら女性のようだった。
偶然というのは怖いな、自分も窓辺で欠伸なんかしないようにしようと思った。
また別の朝。
同じ窓に、同じように口を開けた人が見える。
この時、初めておかしいと思った。
口を開けているところしか見ていないのだ。あれは、欠伸などではないのではないか?
どうにも気になって、塀の影から数分間その人影を観察してみたが、微動だにしない。そんなに長い間欠伸する人などいない。
人形だろうか?
そう考えたとき、人影が「スッ」と横に動いた。
歩いたのではなく、立ったまま平行移動して、半身が窓枠の端に隠れたという。
いきなり動いたので少し驚いたが、どうも人間の動き方ではない。
やっぱり人形だろうか。窓枠の外に誰かがいて、人形を動かしているのか。
意図がわからないので不気味ではあったが、何となく謎が解けた気がして立ち去ろうとした、その時。
人影が、片手の平をバンッと窓ガラスに貼り付けた。そのまま何度も、ガラスの表面をべたべたと撫で回している。まるで、どこかに穴が空いていないか手探りで探すかのようだった。
自分で動いている!人形などではない!
このまま見ていたら窓を開けて体を乗り出してくるような気がした。
そんなものは絶対に見たくはなかった。何だかわからないが、どうしても嫌だった。
急いで自転車にまたがり、後ろを見ないで全速力で逃げ出した。


その後もしばらくそのアルバイトを続けたが、その家の前を通るときには絶対に二階を見上げないようにしていたという。