廃墟

Oさんの通っていた中学校の近くには、二十年ほど前に潰れて以来放置されている観光ホテルが建っていた。
建物にも土地にも利用価値が低いとかで、ずっと閉鎖された時のままになっている。
そんな様子だから不気味に思う人も少なくないらしく、幽霊が出るといった噂もいくつかあった。
中学校を卒業した春休み、Oさんと友人達の五人はこの廃墟の中庭で一晩過ごそうと計画した。
門に張られているロープは簡単に潜れるし、建物が上から見るとコの字型なので中庭に入ってしまえば、多少灯りを点けても周りから見えにくいのだ。
密かにテントや懐中電灯を用意して、親には友人の家に泊まると言って現地に集まった。
夕方の明るいうちにテントを立てて、後は買ってきた食料を摘みつつわいわい騒ぎながら夜を迎えた。
暗くなってしばらくは持ち寄った懐中電灯を四つほど点けて辺りを照らしていたが、時間が経つにつれ流石に

寒くなってきたので皆テントに籠ることになった。
狭いテントの中で五人が顔を突き合わせて噂話やら怪談やらを囁きあっているうちに日付が変わった。
Oさんともう一人はまだ眠くはなかったのだが、残りの三人ほどがそろそろ寝る、と言い出した。
一人が寝る前に用を足してくる、と言ってテントから這い出していった。
数分後。
出て行った一人が、血相を変えてテントに転がり込んできた。
「ひ、人がいる。人たくさん歩いてる」
午前二時過ぎ。真夜中である。
こんな廃墟にも、勿論周りの道にも人がたくさんいるはずがない。
出たか!?
と思ったが、仲間を驚かせようとして演技しているだけかもしれない。
Oさん達残りの四人はテントの入り口を捲って外の様子を窺ったものの、特別変わった様子もない。
何だやっぱり嘘か。
期待半分だったOさんたちは苦笑しながら入り口を閉めたが、駆け込んできた友人はまだガタガタ震えている。
おい、もういいってば。わかったから。
そう声をかけたが、一向に落ち着かない様子である。
そうしているうちに、別の一人がこう言い出した。
「あれ?何か聞こえねえ?」
その言葉につられて耳をすますと、確かに先程よりなにやら騒がしい。
何人もの人々が、テントの周りを歩いているような足音。
囁くようなざわめき。
Oさんにも確かに聞こえる。
震えていた友人が、これだ、これだよと言って耳を塞いだ。
嘘だろ、と言って別の友人が再び外を覗いたが、やはり誰の姿も見えない。
雑踏のようなざわめきだけが、テントを取り囲んでいる。
堪えられなくなった一人が、何事か喚きながらテントの外に駆け出していった。
Oさんたち残りの四人は、青い顔を突き合わせたまま数時間過ごした。
ふっと周りの気配が薄れて恐る恐る外を覗いてみると、もう夜が明けていたという。


その、外に飛び出していった友達はそれからどうしたんですか?
と私が聞くと、Oさんは首を横に振った。
それ以来会えてないです。連絡もつかなくなって。その後引っ越しちゃったみたいで。