壁の向こう

Mさんが水戸に住む母方のお祖母さんの家に泊まりに行った。
その日の夜、二階の和室に布団を敷いて寝ていたところ誰かの足音で目が醒めた。
部屋が真っ暗なので誰が歩いているのかは見えないが、畳を踏む音が枕元を通り過ぎたと思うとまた反対向きに移動していく。
そうやってMさんが寝ている枕元を何度も忙しなく往復している。
なんだよこんな夜中に、一体誰だよ……と思って寝ぼけ眼を頭上の音のする方へ向けたが、壁しか見えない。
枕側を壁にぴったりつけて布団を敷いたことを思い出し、Mさんは混乱した。
音は枕元から聞こえている。しかしそちらには歩けるスペースがない。
つまり音は壁の向こうからしているということになる。
しかし壁の向こうは外だ。こんな夜中に、二階のすぐ外を誰が歩いているというのか。
そもそもそちら側の外壁には庇もないから、歩く場所もないはずなのに。
とは言え、足音らしき音はただ左右に往復しているだけで他に変わったことはない。
イタチか何かの動物が立てる音なのかもしれないし、これ以上気にせずに寝てしまおうとMさんは考えた。
深呼吸してまた眼を閉じたその時、足音に変化があった。
それまで壁の向こうで往復していただけだったのが、壁を抜けて部屋の中まで入ってきたのである。
足音はそのまま布団の周りをゆっくりと回りはじめた。
なんだと!?
驚いたMさんは弾かれるように上半身を起こして暗い部屋を見回したが、特に動いているものはない。
それなのに足音だけが布団の周囲をぐるぐると回っている。
枕の方に来ると足音は一旦壁の向こうに入り、そのまま壁の中を移動してまた足音だけが壁から出てくる。
Mさんは慌てて立ち上がり、部屋の明かりを点けた。
するとその瞬間に足音はピタリと止んだので、そのまま明かりを消さずに寝てしまった。


翌朝、なぜかMさんの顔は日焼けしたように真っ赤になっていたのだという。