七月の夕方、農家のOさんが田んぼの畦で草刈りをしていた。
棒の先に円盤状の刃が付いたタイプの草刈り機で調子良く刈り進めていたところ、田んぼを半周したあたりでエンジンの掛かりが悪くなってきた。
燃料は家で入れてきたばかりだし、草が作動部に絡みついているわけでもない。何が原因か見ただけではわからないが、全く動かないわけではないのでとりあえずその日はそのままだましだまし作業を続けることにした。
そうして田んぼの四辺目を刈っている途中で、何か固いものに刃が触れたような手応えがあった。
同時に「ギャッ」という大きな声が確かに聞こえた。
何かそこに潜んでいた動物を斬ってしまったかと思ったが、それらしき姿がない。生きているならばその場でのたうち回るか逃げていくかするだろうが、そんなものは見えなかった。
死骸もない。潜むような巣穴のたぐいも見当たらない。聞こえた声の大きさからするとネズミやイタチどころではなく、タヌキやネコくらいの獣ではないかと思えたが、そういう姿は一切見えなかった。
何だったんだろうと思いながら草を刈り終えて、逆戻りして刈った草を集めていると、半周ほど戻ったところであっと驚いた。
畦の上に赤黒い液体が広がっていたのだ。どう見ても血溜まりである。コップ一杯程度の量だろうか。
もちろんOさんのものではない。誰か他の人間が通りかかったのも見ていない。何の血なのだろうと首をひねった。
先程動物らしき声を聞いた場所とは離れている。ここは先程草刈り機の調子が悪くなったあたりだ。
血溜まり、動物の声、そして草刈り機の不調。何か関係がありそうではあったが、場所がずれているせいで辻褄が合わない。
とはいえ、草刈機で何かを傷つけてしまったのだとすれば寝覚めが悪い。
Oさんは翌日に詫びのつもりで握り飯を二つ、血溜まりのあった近くに置いておいた。果たして何が持っていったのかは知らないが、その次の日には握り飯はなくなっていたという。