泣き子

農家のYさんが田んぼで作業をしていた時のこと。
ラクターに乗って田んぼを耕していると、エンジン音に交じって子どものわめく声が聞こえた気がした。
気のせいかとしばらく無視していたものの、やはり幼い子どもの泣く声のようなものが何度か聞こえるように思えて、田んぼの中で一度エンジンを停めた。
やはり聞こえる。
――!ママ……。――。
ママとか何とか、単語は断片的に聞こえるものの何を言っているのかはっきりとは聞こえない。ただ、ずいぶんと必死に泣きわめいているようだ。
しかしどこから聞こえてくるのだろう。見回してみても子どもの姿は見えない。
Yさんの田んぼの周囲は他の田んぼに囲まれていて、最寄りの民家まで車でも五分くらいはかかる。遠くから風に乗って声が届いているにしては声が大きい。周囲は全て田んぼだからどこかに反響して遠くの声が聞こえているということも考えにくい。
見渡してもYさんと奥さん以外には近くに人の姿はない。他に動くものと言えば野鳥くらいだが、聞こえているのは明らかに鳥の声ではない。
じゃあどこで子どもが泣いてるんだ、と気になったYさんは田んぼの縁で草刈りをしている奥さんのところまで戻った。
どこかで子どもが泣いてないかと尋ねると、奥さんも気付いたようで「あ、今泣き声が聞こえたね」と言う。
そこで二人で田んぼの周囲を探し回ってみたものの、声は確かに聞こえているのに子どもの姿はどこにもない。
用水路の中も見渡してみたものの、やはり誰もいない。
しばらく探したが見つからないのでYさん夫妻は仕方なく作業に戻ることにしたが、夕方に仕事を終えるまで泣き声はずっと続いていたという。
本物の子どもならそこまでずっと泣き続けることはできないだろうが、鳥や動物の泣き声を聞き間違えたとも思えない。確かに子どもの声だったという。
ただ単にどこからともなく子どもの泣き声が延々と聞こえてきただけの出来事で、それだけに気味が悪かったとYさんは語った。