パネル

春先、ある中学校でのこと。
出勤してきた教師が、校舎一階の窓ガラスが割れているのを発見した。
それは校庭に面した窓の一枚で、前日最後に退勤した教師が見回った時には特に変わったところはなかったので、夜の間に誰かが割ったらしいと推測された。
不審者などが夜中に学校敷地内に侵入しないよう、校門も施錠されていたものの、フェンスを越えれば侵入はたやすい。警備システムが作動しているのは校舎内の限られた範囲だけなので、実際校庭には外から入りたい放題と言える。
このことは職員の間で問題になり、夜中に不審者が来ても対応できるように、しばらくの間教師が交代で宿直をして警備に当たることになった。
二日後に割れたガラスは交換されて、その三日後の夜にまた同じガラスが割られた。
その夜にも宿直の教師はいて、校庭が見渡せる一階の教室に陣取っていたのだが、それにもかかわらずガラスが割られたことに気が付かなかった。
校庭には誰の姿もなかったのに、夜十時頃、いつの間にかガラスが割れていたことに気付いたのだという。何かを投げつけたにせよ、近寄って棒か何かで割ったにせよ、宿直の教師に見つからずにガラスを割るのは不可能なはずだったのにもかかわらず。
二回連続で同じガラスが割られたことから、どうも犯人はそのガラスを狙っているらしいという意見が教師の間から出た。
そうは言っても他の窓ガラスと特に違ったところはない、何の変哲もない窓である。本当にその窓を狙っているのだとしたら、どんな理由があるというのだろうか。
そこで校長先生が割られた窓の周囲をよく調べてみることにした。しかしやはり特に変わったところは見つからない。
本当に何かがあるんだろうか、と半信半疑のまま校長先生は校舎の中から割れた窓をぼんやり眺めた。その向こう側には校庭があり、さらにその向こうには大きなパネルが立てられている。
そのパネルは前年の卒業生が記念に制作したもので、各部活動の活動する様子がペンキで描かれていた。
卒業生の顔を思い出しながら窓越しにそのパネルをじっと見ているうちに、校長先生の頭にふとささいな考えが浮かんだ。
そのパネルに描かれた部活動の中に、テニス部がある。テニス部員によって描かれたその絵は、ちょうどまっすぐこちらを目掛けてボールを打とうとしている選手のものだった。
どうもその絵を見ていると、妙にこちらにまっすぐ狙いをつけているように思えてならない。中学生が苦心して描いた、正直それほど上手くはない絵なのに、なぜかこちらにボールを飛ばそうとしているような迫力がある。
まさかそんなはずがないだろう、ただの絵だよ、と校長先生自身も自分の考えを笑いたくなったが、一度疑ってしまうとどうもあの絵からボールが飛んできてガラスを割った様子が脳裏に浮かんで離れない。
とりあえず気休めとして、校長先生は他の先生にも手伝ってもらってそのパネルを支柱から外し、体育倉庫へしまっておいた。
果たしてその効果なのかは不明ながら、それ以来ガラスが割られることはなくなったのだという。