市役所職員のRさんの話。
休日に市内にある渓流で釣りをしていたときのこと、午前中に三匹ほど釣り上げて上機嫌なRさんはそろそろ昼食にしようかと釣り竿を置いた。
そして釣った魚を入れておいたバケツに目を向けたところで仰天した。
赤ん坊が入ってる……!?
まだ一歳にも満たないくらいの赤子が、下半身をすっぽりバケツに収める形でこちらを見上げている。
泣くわけでも声を上げるわけでもなく、ガラス玉のような丸い目でただこちらをじっと眺めている。
おとなしい子だと思った。
いや、これはおかしいだろう。
そこは少し山に入ったところの渓流で、釣りの穴場になっている。
Rさんは何度かそこで釣っているが、釣り人以外の人の姿を見かけたことがないような場所だ。
こんな乳児が一人でこんなところにいるわけがない。しかし見回しても親らしき人も、それ以外の人の姿もない。
釣りにこんな赤ん坊を連れてくる人もいないだろう。
明らかに変な状況だったが、そのままバケツに入れておくわけにもいかない。とりあえず赤ん坊を車に移動させてから警察に通報でもしよう。
そう考えたRさんは赤ん坊の両脇に手を差し込んで優しく抱き上げようとして、できなかった。意外に重い。
バケツを含めて地面に根が生えたかのように重く、Rさんの力ではびくともしない。
これは変だぞ、と改めて赤ん坊をよく見てみようとしたところで、近くの車道をバイクのエンジン音が通り過ぎていった。
今のバイクの人を呼び止めて助けて貰えればよかったんだけど、もう行っちゃったよな、などと思っていると、そこで気がついた。
持ち上げようとして両手で握っているのは赤ん坊ではなかった。
膝丈くらいの朽ちかけた切り株だ。両手で持ち上げようとしても動かないわけである。
どういうことだと思って見回すと傍らに置いてあるRさんのバケツには、赤ん坊など入っていない。もちろん周囲にそれらしき姿はない。
バケツの中を見ると、釣り上げた魚は一匹残らず消えていた。
その日はそれで切り上げて帰って、両親に見たことを話すと、お前それは狐だよ化かされたんだと笑われた。