ナマズ

Rさんの家は利根川の堤防から徒歩五分くらいのところにある。
だからRさんはよく利根川の堤防の上を散歩する。堤防の下の川縁にはよく釣り人がいるのだが、Rさんは滅多にそちらまで降りていくことはない。
どういうものが釣れるのかというと、コイやフナ、ブラックバスソウギョ、ハクレンといったたぐいで、特にバスやソウギョ、ハクレンあたりは大きいので釣り人たちにも人気らしい。また近年では外来種アメリカナマズも増えてきており、釣り針にかかることが多いともいう。
釣り人の中にはマナーの悪い者がいるようで、釣った魚を河原に放置してあることは決して珍しいことではない。そうした魚は野鳥や野良猫に食い荒らされ、食べ残しは腐って悪臭を放つ。
Rさんが堤防の下に降りないのはそういう悪臭の発生源に近寄りたくないということもあるのだが、理由はもうひとつある。


ある日の夕方、いつものように堤防の上を散歩していたRさんが何気なく堤防の下に目を向けると川緑の芝の上に大きな魚が横たわっている。
頭が大きい。話に聞いていた外来種ナマズだと思った。大方釣ったはいいが持て余した釣り人が放りだしていったんだろう。
このときはまだ、Rさんは川縁に降りていくことに抵抗がなかった。だからナマズの死骸を間近で見てやろうと近づいていった。
ナマズは全長一メートル程度だったが、頭部以外は食い荒らされてしまっていて、肉や内蔵はあまり残っていなかった。
骨と頭だけになっているせいか、あまり悪臭もしなかった。
ひとしきり眺めて満足したRさんは踵を返して堤防の土手を登り始めた。その直後、背中越しに湿った音がした。
反射的に振り向いたRさんは、妙なものと目があった。
人の形をしている。
だが頭が異様に大きい。頭の幅が肩幅と同じくらいある。
そして目が厭に離れていて、顔の両端のほうについている。
大きな口には、先程のナマズの死骸を咥えていた。
呆気にとられたRさんを尻目に、その何かは四つん這いになると飛ぶようなスピードで走り去って、あっという間に視界から消えたという。
あまりに変なものを見たので、Rさんも今見たものが果たして現実だったのかどうか自信が持てなかった。
しかしナマズの死骸は実際その場から無くなっていた。
それ以来、Rさんは堤防の下に降りないようになった。