茨城の中学校でのことだという。
ある朝、一年生のあるクラスでホームルームの時刻になっても担任の先生が来なかった。
教室の生徒たちは好き勝手に騒いでいたが、そこに入ってきたのは先生ではなく、着物姿の女だった。
誰?
見知らぬ女が突然入ってきたので生徒たちの視線が集中する。
着物の女はそのまま黒板の前に立ち、生徒たちを見回してから深々と一礼して無言のまま教室を出ていった。
「今のおばさん何しに来たの?」
「ていうかあれ誰?」
再び教室がざわつき始めたその時、今度は学年主任の先生が慌てた様子で教室に入ってきた。
担任の先生が学校に来る途中で交通事故に遭ったという。
怪我は大したことがないものの、病院で検査をしてから学校に来るということだった。
それはそれで大きな事件だが、生徒たちには今しがたの出来事も気になるところである。
「ところで先生、さっき知らない女の人が来たんですけど、あれ誰?」
一人の生徒が尋ねると学年主任の顔が曇った。
そんな人が訪ねてくる予定はないという。一体何がしたかったのか、無言で現れてそのまま出ていったのも謎だ。
部外者が無断で校内を歩きまわっているというのはよくない。
すぐに他の先生数人も動員して校舎内を探し回ったが、着物姿の女どころか生徒と教師以外の人間はどこにも見当たらなかった。
どんな人だった、と学年主任は生徒たちに話を聞こうとしたが、着物を身につけた女としかわからない。
教室にいた生徒みんながはっきり見ていたはずなのに、なぜかその女の顔がどんなだったか、着物の色がどうだったのか誰一人として思い出せなかったという。