Yさんが高校一年生のときのこと。
登校したYさんが教室に入って自分の席に座ると、友人が話しかけてきた。
「なあ、あいつ何組の奴だか知ってる?」
友人が示す方を見ると、窓際の前から三番目の席に男子がひとり座っている。
そこはFというクラスメイトの席だったが、今座っているのはFとは違う生徒で、しかも全く見覚えがない顔だった。
見知らぬ男子は当たり前のようにFの席に座り、背筋を伸ばしたまま微動だにしない。
授業中でもないのにそんなに姿勢よくしているのは何だか不自然だった。
席の主であるFはまだ来ていないが、Fの知り合いか何かで、彼が来るのを待っているのだろうか。
Yさんも友人も知らない生徒だったので気にはなったが、わざわざ本人に尋ねるほどのことでもない。
そのまま眺めているうちに予鈴が鳴って、数分後に担任の先生がやってきた。
しかし先生の表情がいつになく硬い。
「今、連絡が入ってな。Fが事故に遭って病院に運ばれたらしい。詳しいことはまだわからないが、また連絡が入ったらみんなにも知らせる」
先生のその言葉で、クラス中の視線がFの席に集まった。
誰も座っていない。
あるクラスメイトが言った。
「先生、さっきまでF、そこに座ってましたよ?」
「そんなわけないだろう、登校中に事故に遭ったんだぞ」
すると他の生徒からも、見た、確かにさっきまでFは席に座ってた、という声が上がった。
しかしYさんや友人は、Fではなく知らない男子がそこに座っていたところしか見ていない。
Yさんがそう言うと、今度はそれに同意する者も何人か現れた。
一方で、今日は最初からFの席には誰も座っていなかった、という者もいた。
同じ教室にいたはずなのに、見ていたものが三つに分かれてしまって全く意見が一致しない。
ただひとつだけ一致していたのは、そこに座っていた誰かが立って教室から出て行くところを誰も見ていない、ということだった。
結局、誰がそこにいたのか、それともいなかったのかははっきりしなかった。
いつの間にかいなくなっていたとしかわからない。
事故に遭ったFは足を骨折しただけで、命に別状はなかったという。