いたずら

Yさんが中学生の時のことである。
その週はYさんの班が校門付近の掃除当番で、毎日放課後の清掃時間になるとその近辺を掃くことになっていた。
ある日のこと、掃除を終えて後片付けを済ませ、部活動の準備をしていたところで同じ班の生徒がYさんを呼びに来た。
なぜか班のメンバーがF先生に呼び出されているという。
F先生は会議室で待っており、担任の先生も一緒だった。
「お前たち、俺の車に触ってないか?」
いささか強い調子でそう問いただすF先生だったが、Yさんたちは何のことだか見当がつかない。
確かにYさんたちの班が担当している場所には教師用の駐車場も含まれているが、車に触った覚えはなかった。
何のことですか、と聞くと担任の先生もやや困惑した様子で念を押してくる。
「本当に知らないんだな?」
「よくわかりませんけど車になんかいつも触りません。なにかあったんですか?」
F先生が憤懣やるかたない、という様子で言う。
「俺の車に誰かがいたずらしたんだ。先月買ったばかりの新車なのに」
それは確かに怒るのも無理もないかもしれないが、だからといってYさんたちが犯人とは限らないではないか。
そう言うとF先生は首を振る。
F先生は掃除が始まる直前に、車に荷物を取りに行ったのだという。その時には何ともなかったが、掃除のすぐ後にもう一度荷物を積みに行ったところ、ボンネットに真っ赤な手形がついていたらしい。
Yさんたちが掃除をしていた時にはF先生の車に特に注意を払ってはいなかったので、手形がついていたかどうかは思い出せない。
しかしF先生の話が本当ならば、確かに一番怪しまれるのはYさんたちなのかもしれなかった。
その日の掃除中には校門付近に当番以外の者など全く来なかったからである。
だがYさんたちには手形をつけた覚えなどないし、班の誰かがそんなことをすればすぐに他のメンバーが気づいただろう。
容疑を否認するYさんたちだったが、F先生も随分頭にきている様子で「他に考えようがない」と言って譲らなかった。
挙句の果てには「手形とお前たちの手を合わせてみれば、誰の手なのかすぐにわかる」などと言い出した。
担任の先生も呆れている様子だったが、Yさんたちもいい加減弁明するのに疲れていたので、それで疑いが晴れるならやってもいいという気分になった。
しかし揃って駐車場に行ってみると、F先生が妙な顔をして立ち止まってしまった。
彼の視線の先を見てみると、F先生自慢の白い新車がある。
ボンネットには、どこにも手形などなかった。
「何もないじゃないですか」Yさんたちが口を尖らすと、F先生もわけがわからないという様子でボンネットを仔細に確かめていた。
Yさんもよく見てみたが、流石に新車だけあってほとんど傷もついておらず、塗装に乱れもない。
見ていないうちに誰かが手形を拭きとったのかとも思ったが、よく見てみるとボンネットにはうっすら埃が溜まっている。
拭きとった形跡はなかった。


結局その日は証拠がないためにYさんたちも無罪放免となった。
だがその後も度々F先生はボンネットに手形がついている、と騒いだ。
先生だけがそう言っているならば本人の気のせいや神経症か何かの可能性もあったが、二度ほどYさんや他の先生もその手形を見た。
確かに真っ赤な手形が白いボンネットの真ん中に付いていたのだが、少しするときれいさっぱり消えている。
そんなことが度々あって、とうとうF先生は折角の新車を売ってしまったという。