居酒屋

Hさんという主婦が、隣町の居酒屋まで夫を迎えに行ったときのこと。
店の出口が見える位置に車を駐めて夫が出てくるのを待っていた。
迎えを呼ぶ電話があってから家を出たので夫はすぐに出てくるはずだったが、Hさんはそのまま少し待たされた。
待っている間に他の客が店から出てくる。
それを見たHさんはつい眉をひそめた。
時刻はもう十二時を回っているというのに、子供連れだったのだ。
若い女性二人組が、小学校に入るかどうかという年頃の小さな男の子を従えている。どちらかの子供だろう。
――こんな時間まであんな小さい子を連れ出すなんて、非常識な。
女性二人はおしゃべりに夢中なようで、連れている男の子を振り返ろうともしない。
男の子はつまらなそうに俯きながら、女性たちの後を付いて行った。
大きな溜息を吐いてHさんが呆れていると、彼女たちがいなくなった後にまた別の客が店から出てきた。
夫か、と思うとまた知らない人たちだった。
今度は学生らしき男女数人組で、みな陽気な面持ちをして店を出てきた。
すると、またその中に小さな人影が交じっている。
五、六歳くらいの男の子だった。
――さっきの子と同じくらいね。まったく、夜中の居酒屋に何でこんなに子供が来てるの?
そう思ったHさんだったが、よく見てみると何かおかしい。
先程、女性二人組が連れていた子どもとよく似ている。
同じくらいの年頃というだけではなく、容姿も、着ている物もそっくりに思えた。
もちろん先ほどの子供についてそこまで詳しく観察していたわけではないので、同じ子供であるかどうか確証はない。
だが、Hさんにはどうしても同じ子供だとしか思えなくなってしまったという。
そもそも、学生たちは近くにいるその子にまったく注意を払っていないように見える。
先程の女性たちと同じように。
――もしかすると、あそこにいる人達はあの子が見えてないの?
そう思うと、それ以上あの子供を見ていてはいけないように思えてきて、Hさんは必死にそこから目を逸らした。
程なくして、学生たちがまだ店の前から立ち去らないうちに今度はHさんの夫が店から出てきた。
夫はHさんの車を見るとまっすぐにこちらに歩いてきた。
Hさんはその後ろにあの男の子が付いてきたらどうしよう、と気が気ではなかったが、どうやらそういうことはなかった。
夫が乗り込むとHさんは後ろをなるべく見ないようにしながら、急いで車を発進させたという。