カタン、カタン

Mさんが結婚してすぐの頃の話。
当時住んでいた家は丁字路の角にあり、台所の窓が道路に面していた。
朝六時頃にMさんが台所で食事を作っていると、その窓の外でカタンカタンという音がする。
毎朝決まった時刻にそこを自転車が通って、路面にある排水路の蓋を車輪が踏む。その音のようだ。
誰がそんな早い時刻に自転車で通るのだろうと夫にその話をしたところ、それは多分二軒隣の家の息子だという。
片道一時間くらいかけて高校に通っているらしいから、そのくらい早い時刻に家を出るんだろうと夫は言った。
実際その後、夏場に窓を開けて朝食を作っていると、カタンカタンという音とともにその男の子の学生服姿が通り過ぎるのを何度か目にした。


ところがその子が突然亡くなった。高校から帰る途中の交通事故だった。
Mさんも葬儀に参列したが、十代の息子を亡くしたご両親は酷く憔悴した様子で、痛ましいというほかなかった。
もうあの毎朝の音は聞こえなくなるんだな、と寂しく思ったMさんだったが、その翌日のこと。
いつものように朝食を作っていると、また窓の外からカタンカタンと音が聞こえた。
錯覚かとも思ったが、次の日も、その次の日もやはり同じ音が同じ時刻に聞こえる。
今度は誰が通っているのだろうか。亡くなったあの子が通っていたのとちょうど同じ時刻に。
気になったMさんは、また次の朝に窓を開けて音の主を待った。
そろそろだ。そう思って炊事の手を止めながら窓の外を眺めたものの、それらしき通行者の姿はない。
今日は来ないのかな、と目を逸らしかけたところで、視界の端に動くものが映った。
カタンカタン。いつもの音が聞こえる。
確かに見えた。
窓の外を走り去ったのは、誰も乗っていない自転車だった。