Nさんの幼い娘が言葉を覚えてさかんに話すようになった頃のこと。
テレビで大相撲の中継を見て気に入ったらしく、力士が画面に映るたびに指さしながらおすもうしゃん! と連呼して喜んでいる。
あるとき娘を連れて散歩に出かけた。近所を流れる利根川にかかる橋のたもとを通りかかったところで、娘が橋を指さして叫んだ。
おすもうしゃん!
テレビで力士を見たときと同じ反応だ。
しかしNさんが目を向けても橋のほうにそれらしき姿はない。そもそも車が行き来しているばかりで歩行者の姿はない。
この子は何を見ておすもうさんだと言っているのだろうか。もしかすると今までも何か力士以外のものをおすもうさんと呼んでいたのではないか?
どこにおすもうさんがいるの? と娘に尋ねると、娘はさらに指さした。橋そのものではなく、その下にあるものを。
石のお地蔵さんだった。土手の下にひっそり立っている。
あれはお相撲さんじゃなくて、お地蔵さんっていうんだよ。そう教えたが、娘はおすもうしゃんと言って譲らない。
散歩から帰ってしばらく経ってからふと思いついた。
お地蔵さんがいたのは、あの場所で誰かが亡くなったからではないか。あの川で。
水中で亡くなったまま発見が遅れると、水を吸ってふやけ、ガスが溜まって膨れ上がると聞く。
まるで相撲取りのように。
娘の目にはお地蔵さんの傍に、どんな姿が見えていたのだろうか。
それ以来Nさんは娘を連れて川の近くへ行くことはなくなった。
娘が小学生になった頃に、以前橋で見たものについて改めて尋ねてみたものの、本人は何も覚えていないということだった。