独楽

Oさんは夫と娘の三人家族で、娘が幼い頃は一軒家を借りて住んでいた。
その頃の話で、夫の帰りが遅くなったある夜のこと。
夫からの電話で帰りは十二時を過ぎてしまうということで、娘は先に寝かせることにした。
九時頃に娘を布団に入れ、自分も隣に少し横になっているうちにいつのまにかうとうととしてしまった。
少し時間が経って気が付くと、何やら部屋の中が生臭い。
何の臭いだろう、と起き上がろうとしたOさんだったが何だか体に力が入らない。
右を下にして横になっていたところを何とか仰向けになるくらいしかできなかった。
しかし仰向けになってみると部屋の中に見知らぬ人間がいるのが見えて仰天した。
すぐ近くに着物姿の女が正座している。
――いや、すぐ近くだと思ったのは勘違いで、よく見ると女が座っているのは少し離れたドアのあたりだ。
それがなぜすぐ近くだと錯覚したかといえば、女の体が随分と大きいからだった。
正座した状態でも天井に頭が届くくらいの背丈がある。
……何あれ、なんでうちにあんなのが!?
開いたドアの向こうは明かりが点いたままなので逆光になって女の顔はよく見えないが、そのことも手伝って怖くてたまらなかった。
すると女は正座した体勢のまま、その場で独楽のように回り始めた。回転はだんだんと速くなっていくが、特に物音はしない。
人間ができる動きではなかった。
Oさんは相変わらず体から力が抜けて立ち上がれないが、娘のためにも何とかしなければ、と必死に体を動かそうとした。
すると隣に寝ていた娘が突然起き上がり、回り続ける女に向かって叫びながら枕を投げつけた。
「うるさい!」
娘の口から出た叫び声は聞いたことのない低い男のものだった。
枕は女に当たって床に落ち、その途端女の姿は消えてしまった。
娘はすぐにまた布団に入って寝息を立て始め、すぐにOさんが揺り起こした時にはたった今のことを何も覚えていなかったのだという。


生臭さはしばらく残り、帰ってきた夫が顔をしかめた。