夫の墓参り

Nさんという女性は夫を事故で亡くし、幼い娘と二人で暮らしていたが、そのうちに仕事で知り合ったAという男性と交際を始めた。
そのうちお互いに再婚を意識するようになり、週の半分以上はAが泊まりに来て半同棲のような生活になった。
そんな状態が二ヶ月ほど続いたあるとき、Aが言った。
亡くなった旦那さんのお墓参り、前から行こうと思ってたんだけど、これから行きたいんだ。
これからって、今すぐ?
そう聞き返すとAは青い顔をして頷く。Aのそこまで真剣な顔を見るのはその時が初めてだった。
休日の午後だった。もう日が傾きかけていたが、とにかくAが今すぐ行きたいの一点張りなので、娘も連れてNさんの運転する車でお墓へと向かった。
お墓に着くなりAは一層真剣な顔になり、何やら小声で呟きながら墓石の前で手を合わせた。それから深々と頭を下げている。
随分熱心に拝んでたのね、とNさんが帰り道の車の中で話すと、うん、まあとAは曖昧な返事をよこした。
その夜に娘が寝付いた後で、Aは改まった様子で話し始めた。
今日はいきなりお墓参りしたいなんて言い出して、驚いただろ。
実はさ……前からこの家に来ると、変なことがあったんだよ。何回も。
俺にしか見えてないみたいだったけど……寝てる時に裸足の大きな足が布団の回りをぐるぐる歩いてたり。
部屋に入る時に誰もいないところから男の声で呼び止められたり。
それで今日はさ、窓のところに平べったい男がぴったり張り付いてたんだ。それが遺影の旦那さんと同じ顔してたんだよ。
だからわかったんだ、今までのは旦那さんだったんだって。だからお参りに行かないと駄目なんだって。
そんなことをAは笑いもせずに言う。Nさんは一度も亡き夫らしき姿を見ていないので半信半疑だったが、お墓でのAが真剣に拝む様子を思い返すと、全くの嘘とも考えにくかった。


お墓参りが効果あったのか、それ以降は特にAが妙なものを見たなどと言い出すこともなく、翌年にNさんはAと再婚したという。