土曜日に買い物に出かけたKさんは、昼過ぎに急に土砂降りになった雨にたまらず、近くのバス停の屋根の下へと駆け込んだ。
するとバス停のベンチにはひとりだけ先客がいた。黒いコートを着た初老の男が、うつむいた姿勢でベンチに座っている。
Kさんと同じように雨宿りしているのか、禿げ上がった頭のてっぺんからすっかり濡れた様子で、顔のあたりからポタポタと水滴が垂れているのが見えた。
しかしそれを拭おうとする様子もなく、脱力した様子でベンチに背中を預けたままじっとしている。酷く疲れているのか、それとも酔っ払っているのか。
Kさんはベンチの男が座っている反対側の端に腰を下ろした。
ハンカチで濡れた顔や服を拭いながら雨の様子を窺っていたが、雨脚は一向に弱まる様子がない。
とはいえ通り雨のはずだから、何時間も降り続くことはないだろう……そう考えながらまた何気なくコートの男の方にちらりと視線を向けたKさんだったが、どうも様子がおかしい。
男の顔のあたりからは先程と同様にポタポタと水滴が落ちている。屋根のある場所で雨宿りしているのに水滴が落ち続けているのはおかしいではないか。まるで男の頭から水が湧き出しているかのようだ。
男は寝ているのか何なのか、先程から同じ姿勢のままぴくりとも動かない。その横顔を次から次へと水滴が流れ落ちる。
……まさか息がないってことはないよな。
そんな考えがちらりと頭をかすめた直後、男の頭がぐらりと傾いた。
――かと思うと、そのまま頭が肩の間にめり込むように沈んでいく。
えっ!? と息を呑んだKさんの目の前で、黒いコートはみるみるうちにしぼんでいき、男の体はベンチに吸い込まれるかのように見えなくなっていった。
そしてベンチの下にはバケツをひっくり返したように水が流れ落ちていく。
腰を浮かせたKさんだったが、その時には男の姿はもうどこにもなく、平たくなった黒いコートだけがベンチの上に残っていた。下には大きな水たまりができている。
Kさんはバス停を飛び出し、濡れるのも構わずに走って帰ったという。