ティッシュペーパー

自宅のマンションでリモートワーク中だったEさんは、ふと気がつくと机に突っ伏していた。
どうやら作業中に居眠りしていたらしい。いつ眠ってしまったのか、時計に目をやると午後三時過ぎだ。
コーヒーでも淹れて気分転換でもしようと、腰を浮かせかけた姿勢で硬直してしまった。
すぐ傍らに人がいる。
若い女がこちらに背を向けて床に正座している。いくぶん俯くような姿勢で凍りついたようにじっと座っている。
その姿を眺めながら、Eさんは不思議と恐怖は感じなかった。ただ懐かしさが胸に湧いてきて、あやうく涙さえ浮かびそうになった。
あれは――。
お姉ちゃんだ。
お嫁に行ったお姉ちゃんが、離婚して帰ってきたのだ。
懐かしさのあまりEさんはその後姿にお姉ちゃんお帰り、と声をかけようとして、なんとなく言葉が出なかった。
お姉ちゃん、と誰かを呼んだ覚えがない。口がその単語に慣れていない。


そもそもEさんに姉などいない。
じゃあここにいるのは誰だ、なぜ家の中に知らない女が。
我に返ったときには、目の前に誰もいなくなっていた。立ち去った気配もない。ただその場から女の姿が消えていた。
どういうわけか、女の座っていた床の上にティッシュペーパーが縦横三列の九枚、丁寧に広げて正方形に敷き詰められていた。そんなものを敷いた上に座っていたのだろうか。もしそうならば、ティッシュペーパーを乱さずに立ち去ることなど生身の人間には不可能ではないか。
女が現れて消えたことやティッシュペーパーが敷かれていたことも不可解だったが、それよりもなぜかひと目見たときに姉だと思い込んでいたことがとにかく怖かったという。