床抜け

高校生のSさんが夜中にふと目を覚ますと、眼の前がいやに暗い。
夜中なら暗いのは当たり前なのだが、Sさんはいつも明かりを点けたまま寝るので、部屋が暗くなっているのはおかしい。
それも単に暗いのではなく、何だか目の前に真っ黒い壁がある。そして身体が動かない。
視線だけ横に向けると、そちらから細長く光が差し込んでいる。
これはなんだろうと少し考えてから気がついた。自分は今、ベッドの下にいるんだ。
目の前にある壁はベッドの底で、部屋の明かりが横から差し込んでいるんだ。
実際、よく見ると明かりの向こうには見慣れた床と机の脚があった。
しかしなぜ自分がベッドの下にいるのかがわからない。確かにベッドの上で寝ていたはずで、寝ぼけて潜り込んだにしても、ベッドの下は頭より狭いのではないか。
身体は相変わらずうまく動かないし、もしかして朝までこのままなのだろうか、親が気づかなかったらどうしよう。
そんなことをつらつら考えていると、ふっと身体が軽くなるような、例えるならエレベーターが下るときのような感覚に襲われたという。
そして横から差す光もなくなり、完全に真っ暗になった。
部屋の明かりがどうして消えたのだろうと思っていると、またすぐに明るくなった。そして次の瞬間。
ズシン!
背中に大きな衝撃を感じて、広い空間に出た。
見回すと、自宅の一階にある和室だ。ここはSさんの部屋の真下にあたる。
そうすると、ベッドの下から床をすり抜けて、和室まで落ちてきてしまったのだろうか。
ベッドの下にいたのも、寝ぼけて潜り込んだのではなく、ベッドをすり抜けていたということか。
一体何が起きたんだろう、と体を起こそうとしたものの、落ちた衝撃で全身が痺れたようになっていて、首を起こすこともできない。
そのまま畳の上に大の字になっていると、誰かが急いで階段を下りてくる足音が聞こえる。すぐに和室の襖が開いて父が顔を覗かせた。
先程の、Sさんが落ちたときの音を聞いて目を覚まし、様子を見に来たのだろう。
寝転んだSさんと父の目が合った。
すると父は、いっぱいに目を見開き、信じられないものを見たというような驚愕の表情を浮かべた。初めて見る表情だった。自分の子供を見た顔ではない。
何をそんなに驚くんだと思ったところで、Sさんはふと体が動くようになっていることに気がついた。
すぐに体を起こすとそこは自分の部屋の、ベッドの上だった。
あれ? 今和室にいたよな。夢だったのかな?
夢の割には感覚がずいぶんはっきりしていた。しかしベッドの上で気がついたということは、床を抜けて下に落ちたりなどしていないということになる。
リアルな夢だったな、と思い返していると、階段を誰かが上がってくる。自室のドアから顔を出すと、一階から上がってくるのは父だった。
夢だったのなら父が下に行っているのはなぜなのか。
父さんさあ、今、和室で何か――。
そう尋ねてみたSさんに、父は硬い表情の顔を逸らして言った。
何もなかったから寝なさい。
その様子から、やはり何かあったに違いないと思ったが、父が下で何を見たのかはその後も聞けていないという。