事故写真

Nさんという女性が街を歩いているときのこと、ほんの十数メートル先で交通事故が起きた。
直進してきた車に横から飛び出したもう一台の車が突っ込んだのだ。衝突して二台ともその場で動かなくなった。
周囲の店から出てきた人や歩行者たちが数人、車に駆け寄っていった。Nさんもわけもなく早足で近寄っていった。
横から飛び出した方の車からはすぐに人が下りた。若い男女だった。
しかし横に突っ込まれた側の車からは誰も下りない。駆け寄った通行者の一人が割れた窓越しに声をかけているが、返事はNさんには聞こえない。
ちらりと窓越しに、運転シートにもたれる頭が見えた。動く様子はない。意識がないのだ。
車の近くに携帯で電話をかけている人がいたので、救急車と警察は来るだろう。自分にできることはなさそうだ。
そう思ったNさんは、スマホを取り出して事故車の写真を撮った。運転席の動かない人影は入らないように角度を調節しながら、風景を撮るような気軽さで写した。
Nさんは普段からスマホで写真を撮るのが日常的な習慣になっている。このときも習慣のままに撮った。
流石に事故車で、他人の不幸だからSNSに写真をアップしようとは思わなかったが、身の回りの人に見せて会話のネタにしようというくらいに考えていた。


その翌日、Nさんは付き合っていた彼氏から別れを切り出された。
突然のことで、理解が追いつかなかった。愛想を尽かされるような心当たりがなかった。
どうして、と尋ねると、その写真だよと彼氏は答えた。別れようと言われる直前、Nさんは前日に撮った交通事故の写真を彼に見せていた。
お前がそんな写真撮ってたから、俺があんなもの見たんだ。彼はそんなことを言う。
Nさんが事故車を撮影したその夜、そんなことを知らない彼氏はマンションの自室で寝ようとした。
すると点けていないはずのテレビの画面に映像が見える。おかしいと思いながらもリモコンで電源を落とそうとしたが、画面に映っている人々の中に見覚えのある姿を認めて、電源ボタンに伸ばした指が止まった。
人々に混じって映っていたのはNさんだった。路上で衝突したらしき車の後方に立って、スマホを向けて写真を撮っている。
事故車を撮っているのか? どうしてそんな姿がテレビに?
するとNさんのすぐ隣に立っている女がNさんをじっと眺めていることに気がついた。
中年の女性だ。事故車ではなく、明確にNさんを睨みつけている。
そして口を動かしている。何か言っているのだ。
音声は全く聞こえないのだが、彼にはその女性の口が、撮るな撮るなと言っているように思えてならなかった。
もしかするとこの女性、あの事故車に乗っていた人じゃないのかな。自分の事故車を野次馬に撮られたくないんだ。
そう考えたところではっと気がついた。
ベッドの上だった。目を向けるとテレビは点いていない。
夢だったのか。
しかし夢にしては嫌に鮮明だった。
そして翌日にNさんと会ってみると、昨日撮った事故の写真について無邪気に話してくる。スマホに表示された事故車の写真は、彼が昨晩夢で見た通りの光景だった。
こんな無神経な女だとは思わなかった。もう付き合っていられない。

 


そうして振られたNさんは、それ以来あまり写真は撮らなくなったという。