旅行写真

Nさんが親戚のおばさんを訪ねた時の話。
おばさんは少し前にフィリピンを旅行したという。
デジカメは撮るのには便利だけど、データだけで残しておくと見るのが億劫になっちゃって、やっぱり気に入ったのは印刷しておいたほうがいいのよねえ。
おばさんはそう言ってプリントアウトした写真の束を箱から出してきた。Nさんはおばさんの土産話を聞きながらそれを興味深くめくっていたのだが、そうしているうちにパラパラと屋根や庇を叩く雨音が聞こえてきた。
洗濯物を取り込もうとおばさんが慌てて客間から出ていったが、すぐに首を捻りながら戻ってきた。
雨など降っていないという。確かにNさんが窓の外に目をやっても、雨が降っている様子はない。
しかし雨音は続いている。鳥か何かが屋根を歩いているのだろうか。
不思議だとは思ったが、また視線を写真に戻して何枚かめくると、今度は外がにわかに騒がしくなった。
どこからか、太鼓と笛の音が流れてくる。祭囃子かとも思ったが、なんとも聞いたことのないような奇妙な調子の曲だった。
太鼓と笛の音はだんだん大きくなってくる。どうやらおばさんの家に近づいてきているらしい。家のすぐ近くまですでに来ている。
誰かが太鼓や笛を鳴らしながら歩いてきているのかと再び外に目をやったが、低い生け垣の向こうにある道路には誰の姿も見えない。
だが確かに音はどんどん近づいてきていて、至近距離で鳴らしているように思える。家のすぐ近くどころか、窓のすぐ目の前くらいに。
だというのにその音が何から出ているのかがわからない。それらしきものが見当たらないのである。
なにこれ、と思った矢先に更に意外なことが起きた。
音が上に移動したのだ。
今しがたまで窓のすぐ外から聞こえていた太鼓と笛の音が、突然屋根の上から聞こえ始めた。透明な人が太鼓や笛を鳴らしながら屋根にぴょんと飛び上がった図が、Nさんの頭に浮かんだ。
こんなのは普通の出来事ではない。外に出て屋根の上に何があるか確認しようかとも思ったが、不気味なのでやりたくない。
おばさんも天井を見上げて呆気にとられている。
一体これはどうしたことだろう。何がどうなってこんなことが起きているのか。
Nさんはそこで手に写真を持っていたことを思い出した。そういえば変な音が聞こえてきたのはこの写真を見始めてからだった……。
試しにその写真を元のように重ねて箱に仕舞ってみたところ、蓋をした途端に上からの音がぴたりと止まった。
太鼓と笛の音も、雨音も。


――おばさん、これ何か変なの写ってるやつ交じってたりしてない?
Nさんのそんな問いかけに、おばさんは全く心当たりがないというように首を振るばかりだった。