ずっ、べたっ

Nさんが大学受験を控えて猛勉強中だった頃のこと。
夜遅くまで机に向かって、気がつけば午前二時だった。
そろそろ風呂に入って寝るか、と立ち上がったところで窓の外からおかしな音が聞こえてきた。
ずっ、べたっ。ずっ、べたっ。
サンダルを引きずりながら歩いているような、たどたどしい足音だ。
Nさんの部屋は二階で、窓は道路に面している。
どうやら足音の主はその道路を歩いているようだ。
それにしてもこんな夜遅く、あんな変な足取りで歩いているのは一体誰だ?
酔っぱらいならまだいいが、徘徊老人だったら見過ごすのもまずいのではないだろうか。
そう考えたNさんは、カーテンの隙間から窓の下を覗いた。
……いる。
ゆっくりと眼下を横切っていくのは、白い浴衣か何かの和服を着たおばあさんだった。
だがおかしい。
腰から下が見えない。
下半身は黒い服なのかとも思ったが、街灯の光の下でも闇に溶けたように何も見えない。
おばあさんの上半身だけが空中に浮いたまま道路の上を進んでいくのだ。
そして足がないのに、おばあさんが進むのに従ってずっ、べたっ、ずっ、べたっ、と足音が響く。
とんでもないものを見てしまった、と肝をつぶしたNさんはすぐに布団を被って寝てしまった。
それからは夜中に変わった音が聞こえてきても外を見ないようにしているのだという。