張り付く

Yさんは大学生の夏休み、付き合っていた彼女を連れて実家に帰った。
彼女も両親とすぐに打ち解け、二日間和やかに過ごしてから大学のある福島へ戻る途中のこと。
Yさんの運転する車で、家を出て一時間ほどで海沿いの道に出た。もう時刻は五時近かったが、真夏のことで陽はまだ高かった。
彼女は幾分眠そうで、少し前から会話が途切れ途切れになっており、Yさんは彼女に眠いなら寝ててもいいよと言って黙ってハンドルを握っていた。
すると突然バンッと横から音がした。
運転席の横のガラスに目をやると、外に人の横顔が張り付いている。
はあ!?
前を見ないと危ないので横目でちらちらガラスを確かめるが、やはり顔がある。
大きな音で目を覚ました彼女がこちらを見たが、同じものが見えているようで短く悲鳴を上げて俯いてしまった。
Yさんは運転に気をつけながら何度も横のガラスを見た。男の横顔がガラスの上の方に張り付いていて、頬の肉がガラスの形に平たくなっている。そればかりか、男はガラスに顔を擦りつけるように小刻みに動いた。
うわ気持ち悪っ!
Yさんは咄嗟に片腕の拳でガラスの内側から男の顔めがけて叩いた。
それが効いたのか、ふっと顔は見えなくなった。
後から思い返してみたものの、張り付いていたのが顔だけなのかそれとも首から下もあったのか、全く思い出せなかった。
ただ、ガラスの汚れがその部分だけ丸く落ちていたという。