Yさんという女性が仕事帰りに駅のトイレに立ち寄った。
トイレに入ると手洗い場に若い女性が一人立っていて、鏡に向かってしきりに長い黒髪を梳かしている。
その後ろをすりぬけてYさんは個室へ入った。
用を足して出てきたYさんだったが、先程の女性はまだ鏡の前にいて、髪を梳かし続けている。
Yさんは彼女の二つ隣の流しで手を洗いながら、それとなく横目で彼女の様子を窺った。
随分念入りに髪を梳かすなあ、と気になったのだ。
髪を梳かし続ける彼女は色白のとても整った横顔をしていた。
しかし……何か違和感があった。
肩まで届くまっすぐで艶やかな黒髪と、すっきりした横顔のライン。
見た感じは別におかしな所はないはずなのだが、何か妙におかしく感じる。
なんだろう、と手を拭きながら考えて、はっと気がついた。
彼女の姿が鏡に映っていないのである。
そのトイレの鏡は横に長く、壁の端から端まで繋がっている。
だから鏡に映った彼女の姿はYさんにも見えるはずなのに、鏡に映っている人間はYさん一人きりだ。
彼女が映っているはずの位置にはトイレの扉や壁しか映っていない。
何これ?
Yさんは鏡を見るのが怖くなって咄嗟に下を向いたが、視界の端には確かに女性が一人立っているのが見える。
まだ髪を梳かしている。
あの人はなぜ鏡に映らないの?なぜずっと髪を梳かしてるの?
もうその場にいることがすっかり怖くなったYさんは、俯いたまま彼女の後ろを足早に通り過ぎてトイレを後にしたのだという。
後になってから思い返しても、直接見た限りは生身の人間にしか見えなかったとYさんは語る。
綺麗な黒髪が印象的な美人さんだった、と。
それだけに鏡に映っていないことがひどくいびつに感じられて、気持ちが悪かったのだという。