Kさんが大学二年の夏休み、友人の帰省に一緒について行って一晩泊めてもらったことがあった。
友人の両親は暖かく迎えてくれて、Kさんはその日泊まる部屋として和室に通された。客間兼仏間の八畳間で、仏壇と床の間がある部屋だった。
仏壇に飾られている写真は友人の祖父母ということだった。Kさんは仏壇に向かって手を合わせながら(今晩お世話になります)と心のうちで遺影に呼びかけた。
それから夕食をご馳走になり、風呂に入り、それから夜遅くまで和室で友人と酒を飲みながら駄弁った。
午前一時を過ぎた頃にお互い眠くなってきたので、友人も自室に引き下がり、Kさんは和室に敷いてもらった布団に潜り込んだ。
すぐに眠り込んだらしいKさんだったが、気持ちよく寝ているところを突然起こされてしまった。
掛け布団を誰かが勢いよく叩く感触で目が覚めたという。文字通り叩き起こされたわけだが、目を覚ましたところに続いて声が聞こえた。
「揺れるからねッ」
女の人の声だ。厳しく注意する口調だった。
友人のお母さんとも違う声に聞こえた。
誰なんだ、と訝しく思っていると、下からズシンと突き上げるような衝撃を感じた。
震度5弱の地震だった。
揺れている時間はそれほど長くなかったが、他人の家の、それも未明の暗い部屋の中だったので揺れが治まるまでが嫌に長く感じられたという。
友人やその両親も起き出してきたが、幸いにして家の中では本棚から多少の本が崩れたくらいで、重大な被害はなかった。
ほっとした一同だったが、そこでKさんは自身の直前に聞こえた声と布団を叩かれたことを思い出した。
夜が明けてからそのことを友人に話すと、友人は頷いて言った。多分それはうちのばあちゃんでしょ。口調がそんな感じだ。
ばあちゃんってあの、仏壇の写真の?
そう聞き返すと友人はまた頷いた。
確かにあの声は仏壇のほうから聞こえたように思う。
しかし話によると友人の祖母は八十歳で亡くなったとのことだが、聞こえたのはもっと若い声だったし、布団を叩く力も強かった。
見栄張ったんじゃないかな、お客さんだから。友人はそう言って笑った。
本当にお祖母さんだったのかどうかはともかく、友人宅を出る前にKさんはもう一度仏壇に手を合わせたという。