二十年ほど前、Sさんが小学五年生のときの話。
Sさんの通う小学校では毎週月曜日が集団下校の日と決められていた。その日は同じ地区に住んでいる児童が下校班を作って一緒に帰るのである。
ある月曜日、Sさんは同じ地区に住む同級生二人と些細なことで口喧嘩して、下校のときもまだ仲直りできていなかった。そんな相手と同じ班で帰るのは気まずい。
だから下校班から少し後ろに距離を取って、追いつかないように注意しながら歩いていた。喧嘩の相手二人もSさんを無視して楽しそうに話しながら歩いている。
絶対にこっちからは謝らない、と心に決めながら黙って歩いていたところ、どこか近くで突然鋭い音が鳴り響いた。ガラス瓶か何かを落として割ったような音だった。
びっくりして見回したもののどこから聞こえてきたのかはわからない。
何だったのかなと思いながら視線を前に戻すと、下校班の面々がちょうど右に曲がっていくところだった。
違和感があった。いつものルートとは違うからだ。
もしかして今日は違う道筋で帰ることになったのだろうか。自分は離れて歩いていたからそれを知らなかったということか。
しかしそれもおかしい。そこで右に曲がると遠回りにしかならない。みんな揃って寄り道するつもりだろうか。
Sさんを除いた下校班は右に曲がってから、すぐ先の法面にある階段をずんずん上がっていく。脇目も振らず、言葉も交わさず、低学年も高学年も女子も男子も黙々と脚を動かしている。
その様子が何だか変なので、彼らの後についていくのが不安になって、Sさんは階段の下でその後ろ姿を眺めながらどうするべきか迷っていた。自分も階段を上るか、この場を離れて一人でまっすぐ帰るか。
Sさんが迷っているうちに下校班は階段の上にたどりつき、法面の上の木々の間に分け入っていく。どうしてあんなところに入っていくのだろう。
すると、直後に上から叫び声が聞こえた。下校班の誰かが言葉にならぬ声で叫んでいる。すぐに声は二つ三つと増えていった。
ただならぬことが起きている。
何かあったんだ、と思ったSさんはすぐにその場を離れ、近くの商店に駆け込むと中にいた大人に助けを求めた。
その後すぐに大騒ぎになった。階段の上に駆けつけた大人たちが見たものは、へたり込んで泣きわめく小学生たちと、木からぶら下がる首吊りの遺体だったという。
Sさんは階段の上に行かなかったのでそれを直接見ることはなかった。
後にSさんは同じ下校班の子に、どうしてあのときいつもの道筋を逸れて階段を上ったのか尋ねたものの、よく覚えていないと首を横に振られるだけだった。誰に訊いても同じ答えだったという。