しずく

Eさんが高校生の時の話。
学校の廊下を歩いているとすれ違った先生に呼び止められた。
「何か垂れてますよ」
目を凝らすとEさんが歩いてきた床に何かのしずくがいくつも落ちて、十数センチメートルくらいの間隔で点々と足元まで続いている。
しかしその時は垂れるような液体のものは何も持っておらず、体や服のどこを探っても特に濡れているわけでもない。
元々しずくが落ちていた所をEさんが気付かずに歩いて、ちょうどその端にいる時に先生に呼び止められたのかもしれない。
Eさんはそう主張したが、先生はまともに取り合ってくれない。結局廊下はEさんが拭いておくことにされてしまった。
ぶつくさ言いながらモップを取ってきたEさんだったが、ふと何のしずくなのか気になって指で触ってみた。
ヌルヌルしてレモンのようなにおいがする。
洗剤だこれ。
しずくの列は階段のところまで六、七メートルほど続いていた。


それから数日後の夕方、自宅のリビングでのんびりしているとお母さんが廊下からEさんを呼んだ。
行ってみるとお母さんは廊下の床を指差して言う。
「これ垂らしたのあんた?ちゃんと拭いておかないとシミになるじゃない」
床には何かのしずくが点々と落ちている。
何かこんなの最近見たな……。
そう思いながらもお母さんに自分のしわざではないと反論したが、しずくは洗面所からリビングまで続いている。
確かにそれはつい先程Eさんが歩いた道筋だが、手はちゃんと拭いたし、他に濡れているところもない。
「あんた以外考えられないじゃない」
そう言うお母さんにそれ以上説明できそうもなかったので、この時も廊下はEさんが拭くことになった。
拭く前に床のしずくを指で触ってみると、これもまたヌルヌルでレモンのにおいがする。
何なんだ一体、と腑に落ちないままEさんは廊下を掃除した。


それからしばらくして、学校で水泳の授業があった。
プールの端から端までを一人三回ずつ泳ぐよう指示され、まず一回目は特に何事もなくEさんも泳ぎ切った。
そして二回目のこと。一回目と同じようにクロールで泳いで端までたどり着いた。
すると先に上がっていたクラスメイトから「どうしたのこれ?」と怪訝な顔で聞かれた。
わけが分からないまま振り向くと、たった今Eさんが泳いだ後の水面が妙に泡立っている。
他のレーンは特に何ともない。
プールの向こう岸で他の生徒や先生もざわついている。
「洗剤でもこぼした?」
クラスメイトの言葉で、Eさんの脳裏に学校と家の廊下に落ちていた洗剤のしずくのことが蘇った。だが、なぜそんなことになっているのかはさっぱりわからない。
先生にも泡立った水面について問いただされたが、答えようがなかった。