ありがたい

真夏の午後、Rさんが自宅のリビングで昼寝をしていたときのこと。
奇妙な夢を見た。
夢の中でRさんは何日も飲まず食わずで、空腹を抱えながら草むらの中に立っている。
今にも倒れそうだった。
すると向こうから何やら黒いかたまりが飛び跳ねてくる。
ごはんだ!
なぜだか咄嗟にそう思ったRさんは両手でそのかたまりに飛びついた。
捕まえてはみたものの夢の中のせいかそれはぼんやりしたかたまりで細部がわからない。
しかしRさんは空腹に耐えかねて得体の知れないそれに思いきり食らいついた。
うまい!
夢中でかぶりつくとせんべいのようにカリカリした歯ごたえと新鮮な肉の味が何とも心地良い。
滋味が体に染み渡ってゆく。
思わず「ありがたい、ありがたい」と呟く自分の声で目が覚めた。


――変な夢だったなあ。
夢の中ではあんなに空腹だったのに目覚めてみれば全くそんな感覚はない。
冷房をかけていたのになぜか全身汗びっしょりだった。
水でも飲もう、と台所でコップに水を汲んで戻ってきたRさんは何となく窓際に立った。
コップを口に運びながらふと窓の下に視線を向けたRさんはそこであるものを見つけた。
窓のすぐ下に緑色の虫がいる。カマキリだ。
カマキリは両腕でコオロギを捕まえて一心不乱にかじりついている。
……飛び跳ねてきた黒いかたまり。
……両腕で捕まえてかじりついた。
これか!?
食事を続けるカマキリを呆然と眺めながら、夢の中で味わった歯ごたえと味わいが蘇ってきた。
あれは、まさかコオロギの……?
Rさんはすぐにカーテンを閉めたが、夢の後味はまだ消えない。
急いで口をすすがずにはいられなかったという。