白いシャツ

Hさんの住んでいる部屋の窓からは、小さな公園と道路を挟んで向こう側のマンションが見える。
そのマンションのとあるベランダに、毎日ずっと同じ服が干してあるのだという。
白いシャツと灰色のズボンが一着ずつ、ベランダのハンガーにぶら下がっている。
Hさんが引っ越してきた三年前からずっとそのままらしい。
ベランダに服が干してあるからにはその部屋に誰か住んでいるのではないかと思われるが、その部屋に灯りが点いたところも見たことがないという。
空き部屋ならば干したままにしておくはずもないので、あるいは長期間不在にしているだけかもしれない。
それだけならば別段大したことでもないのだが、Hさんは一度、奇妙な光景を目撃したらしい。


休日にHさんが自室の窓を開けて煙草を吸っていると、いつものように向かいのマンションの服が視界に入った。
それを見るともなしにぼんやりと眺めていると、突然そのシャツがふわりと動いた。
風に煽られたようで、二、三回大きくはためいたシャツはそのままハンガーを離れてベランダから落下していった。
あーあ、落っこっちゃった。
Hさんは新しい煙草に火を点けながら、シャツの行方を目で追った。
すると次の瞬間、シャツは上向きにふわりと舞い上がった。
そしてまるで録画の逆回しのように、ベランダのハンガーのところまで戻っていって、元通りに吊り下がってしまった。
危うくHさんも煙草を落としそうになってしまったという。
風で飛ばされた服が風によって再び元の場所に戻ることは、珍しいかもしれないがありうることかもしれない。
しかし、元通りにハンガーに吊り下がってしまうのはおかしい。
目に見えている以外の何かがそこにあるとしか思えなくて、それ以来Hさんはなるべくそのベランダを凝視しないようにしているという。