花粉症

しばらくの間ここで怪談を書いていたので、これで私が怪談好きということは人にわかってもらえたんじゃないだろうか、それならひょっとするとこれからは人から不思議な体験談を聞かせてもらえる機会も増えるのではないか、と淡い期待を抱いていたのだが、現実はそう調子のよいものではない。
そもそも不思議な話というのは輪郭のはっきりした話でないことも多く、腑に落ちないことがあっても「気のせい」で片付けられてしまっていることが多い。だから他人からすればとても不思議な話であっても、体験者から聞きだすのはなかなか難しいことが多々ある。本人も忘れてしまっているようなことを教えてもらおうというのだから当然だ。


先日も久しぶりに会った知人に、何か変わった話ないですかと聞いてみたのですが、特にないとのこと。しかし一週間ほど経ってから、その人から連絡が来た。
そういえば高校生の頃にちょっと気になったことがあった、と言ってわざわざ電話をくれたのだ。親切な人である。仮にその人をTさんとする。
Tさんは中学生の頃から酷い花粉症で、春先になるとティッシュが手放せない。その日もやはり朝から目のかゆみと鼻水がひどく、ポケットティッシュをいくつも用意して家を出たはずだった。
しかし学校に着いてみるとなぜか鞄の中に入れた分のティッシュがない。そういえばティッシュを用意するにはしたが、その時もずっと目鼻のかゆみと戦っていたので、そのうち二つを制服のポケットに入れただけで残りをついつい忘れてきたのかもしれなかった。
とにかく無いものは仕方がないので、休み時間には水道で目鼻を洗い、なるべくティッシュを節約しながら使うことにした。だが普段のTさんは一日にポケットティッシュを五つは使っていたという。二つだけではやはり時間の問題だったようで、昼前には全て使い切ってしまった。
昼食時には懸命に目鼻のかゆみ、鼻づまりを堪えていたのだが、すぐに限界がやって来た。盛大にくしゃみをすると、目の前に箱のティッシュを差し出す手があった。開封していない新品である。
「あ、どうも」咄嗟に受け取ってから手が伸びてきた方を見上げたが、誰もいない。
一緒に弁当を食べていた友人二人に聞こうとすると、彼らは揃って呆然としている。
「このティッシュ、誰がくれたの?」そう聞くと、友人達は顔を見合わせながら今見たことを教えてくれた。
Tさんが盛大にくしゃみをしてから何もないところに向かって礼を言ったので、おかしな奴だと思ったその次の瞬間、Tさんが空中から箱ティッシュを取り出したという。
Tさんに近寄った人物も、Tさんが見たという手も見ていないらしい。
友人二人はどうも手品か何かだと思ったらしく、どうやったのかTさんに聞いてきたがTさんも自分が見たままにしか説明できない。TさんはTさんで、友人二人が自分をからかっているんじゃないかと思ったので逆に友人達にそう問い質した。お互いに話が噛み合わないまま、箱ティッシュだけが確かに存在していたという。
結局そのティッシュはありがたく使わせてもらって、それ以来Tさんはポケットティッシュの他にもロッカーの中に箱ティッシュを常備しておくことにしたとのことである。