えらいねえ

ある夜、自宅のベッドで寝ていたKさんはふと目を覚ました。
寒い。手足がすっかり冷え切ってしまっている。
しかし布団は首まで掛かっているし、顔で感じる部屋の空気も別に冷たくない。
なんでこんなに冷えてるんだろう……。
体を縮こまらせようとしたKさんだったが、冷えた手足がしびれて動かせない。
何これ、まさか病気……?
そう不安を感じたところで部屋のドアがギッと音を立てて開き、誰かが入ってきた。
黒い。
しかし人かどうかはよくわからない。
人の形はしている。だが首から下はボロボロの服なのか、それとも焼けただれているのか、黒くてよくわからないぐちゃぐちゃな有様である。
顔のあたりも目鼻がどうなっているのか判然としない赤黒いかたまりにしか見えない。
細部ははっきりしないのに、黒い人の形だけは暗い部屋の中ではっきりとわかった。
……うわっ、何あれ!?
体を起こそうとするKさんだが、やはり手足が動かない上に首も硬直して顔を背けることすらできない。
怖くて仕方がないのでせめて見ないようにと瞼を閉じたが、なぜかその黒いものはまだ見える。
瞼を閉じているのに見えるというのは奇妙だが、なぜかこの時はその黒いものだけが瞼を透けるようにして見えていたという。
黒いものはぺたぺたと裸足の足音を立てて近づき、ベッドの側に立つとKさんを見下ろした。
「えらいねえ、ねえ」
女性の高い声だったという。
それを聞いた途端、Kさんの手足はカアッと火照ってきて、ふっと体の自由が効くようになった。
布団をはねのけてKさんが飛び起きるともう部屋のどこにもあの黒い何かの姿はなかった。
今のは夢かと思ったが、ドアは開いたままだったという。
何がえらいのかはよくわからないままだ。