八十二/ 曇る窓

Kさんは中学生の頃、隣町の学習塾に通うのに路線バスを使っていた。
このバスに、一つだけ不思議なことがあった。なぜか、ある所に差し掛かると片側の窓だけ、一斉に結露して曇るのだという。それも季節に関係なく、一年中その現象が見られたらしい。
いつも決まった場所でそれが起こるので、その辺りだけ風の具合か何かで気温がいつも低くなっているのかとも考えたが、決まって片側だけしか曇らないのはいかにも不自然だ。また、Kさんは何度かその辺りを徒歩で通ったこともあったが、特に気温ががらりと変わっているとは思えなかった。
しかし不思議とは言っても窓が曇るだけの地味なことであるし、どれだけの人がこの現象に気がついていたのかわからない。ほとんど話題にすることもなかった。
Kさんが高校生になってから、何かの拍子にクラスメートとの雑談の中でこの話をしたことがあった。
すると、あるクラスメートが同じ現象を知っているという。やはり、彼女が利用していた路線バス内でほぼ同じことが起きていたらしい。詳しく聞いてみれば、彼女が言うのはKさんの利用していたバスとはまったく違う路線の話である。二十キロメートルほどは離れている辺りだった。
気になって地図を確認すると、彼女の言う結露地点とKさんの知る結露地点は、小高い山を挟んでちょうど正反対の場所にあたっていた。そういえば結露するのは、必ずこの山に面した側の窓だったと、Kさんはこの時初めて気がついた。
――もしこの山が窓の結露に関係があるとすれば、ひょっとすると山の周囲にある他の地点でも同様の現象が起こっているのではないか。
とはいえ、その後もそれ以上追求することもなく、高校卒業後Kさんはその町を離れた。だから今でもその現象が起きているかどうかは、わからないという。